最新更新日:2012年 3月 15日

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R60といってもレノボのパソコンではない。私が付けた「混声合唱団ムジカおさらぎ」のニックネームなのだ。
でも、R60ってなんだ! まあ、そうむきにならずに以下をご覧あれ。

更新情報


 

 

1.R60とは? 2011年2月5日

 「混声合唱団ムジカおさらぎのホームページ」は団に設置された「ホームページ委員会」(HP委員会)のメンバーによって作られている。全体の構成を担当する人が居り、文章を考え、コメントを作る人、団のさまざまなイベントの写真を撮る人や、これらをまとめて各ページを作る人など達者なメンバー達が活躍している。また、イベントで撮影した写真や、先生方が吹き込んだ「譜読みCD」を販売しているので、毎回の練習日もなかなか忙しい。
 私はとえばHP委員会創設以来のメンバーではあるが、最近は家に居る時は午前中寝ていることもあり、販売には加わらないし、写真も撮らないし、ホームページ作りもしていない。HP委員会で文句ばかりは言っている。だいぶ前のあるHP委員会でのこと...
 

「うちの合唱団のニックネームを「R60の合唱団」にするのはどう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」(みんな困って顔を見合わせる…)
「R18のもじりだけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・」(この人達が、こんな映画を見るわけないか…)
「R25って雑誌も出ていることだし」
「・・・・・・・・・・・・・・・」(鎌倉あたりでは見かけないね。仕事をしていた頃は通勤で乗っていた山手線の駅にはどこにでもあったんだが…)
「がやがやがや」(よくわからないので次の話題に…)


 毎月開かれるHP委員会ではホームページ作りでのそれぞれの役割が話し合われるが、私の名前は出てこない。ということで、私も何かしないとHP委員会を追い出されてしまう。しかたないので、このなんちゃってHTMLを書いたわけ。誰にも通用しなかったR60を表題にして! もちろん、HP委員会での厳重な審査があるが、このページを皆さんが見ているということは紆余曲折、修正削除はあったもののなんとか通過したのである。
 R18とかR-18はいわゆる18禁のことである。これがわからない人のために解説すると、18禁とは暴力や性の描写に問題ある映画の観覧を18才以下の人達に対して禁止することで、世界各国で制定されている。我が国では映倫(映画倫理委員会)が定めている区分で、現在ではこの区分はいろいろ細かく分かれており、R18+という表示(18才以上閲覧可能)になっている。ちなみにRとはRestricted(観覧制限)の略号である。また、R25はリクルート社が発行しているフリーペーパーで、25才から団塊ジュニア層の34才までの人達をターゲットとして主に首都圏の駅などに置かれている。25才以上という意味でR25なのだ。
 というわけで、R60とは60才以下の人禁止という意味であり、60才以上でないと入団できないわが「混声合唱団ムジカおさらぎ」を的確に表しているの思うのだが・・・。まさか映倫のマークを真似るのは問題なので、このページのロゴを交通標識のパロディで作ってみた。
 このページには「混声合唱団ムジカおさらぎ」とその周辺に関するさまざまな話題について、私の勝手な意見を順不同で書き連ねてみる。けっして合唱団を代表する意見ではないことを最初にお断りしておく。

 

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2.R60の合唱団 2011年2月5日/3月5日一部修正

 この合唱団の入団資格は60才以上である。毎年4月に定期演奏会が開かれ、鎌倉芸術館大ホールの1、500席が全部満たされる盛況ぶりだ。今年の定期演奏会については「演奏会のお知らせ」のページを参照されたい。団員数は300名を越え、オーケストラの伴奏で300名近いメンバーが歌うのはまさに圧巻である。
 今年は23回目の演奏会であるが、第1回は鎌倉市中央公民館(現在の鎌倉生涯学習センター)高年者合唱教室(右は昭和63(1988)年4月15日の「広報かまくら」に載った募集記事)の発表会として開かれた(第1回演奏会プログラムを昨年の第22回演奏会のプログラムと比較されたい)。この教室の発足の経緯は「プロフィール」のページに載せられている。今でこそ、高齢者が童謡や叙情歌を歌う集まりは、そこかしこにあるし、年配者が加わっている合唱団も多いが、その頃はお年寄りのための合唱団がほとんどなかった。そのためか、この教室は初年度90名から出発したが、次年度260名、第3年度は340名とふくれあがり、その次の年度(平成3年、1991年)からは自主活動の団体として再出発した。スタート時は合唱どころでなく、愛唱歌を斉唱するのが精一杯であったということだ。第10回、第15回の記念定期演奏会にはそれまでピアノだけの伴奏であったのが、オーケストラの伴奏で歌う曲も入り、第16回以降は毎年ピアノ伴奏とオーケストラ伴奏で歌う大合唱団にまで成長したのだ。

 団員になる資格は60才以上でないといけないが、上限はない。毎回の練習に90才を越える方々も出席して歌われるので、60代のメンバーは幼稚園児扱いである。主力メンバーは80代が多いから、70代の人達も老人ぶってはいられない。団員の平均年齢はアラキジュで、心臓を傷めていて坂を登ったり、階段を上がるのがいささかしんどいよぼよぼ老人の私も

   「えっ、やっと喜寿? それはお若い」

なんていわれるので、毎週、練習日にはしゃんとして出てこないといけないし、ぼけてなんていられない。この団員達の迫力を見、聞きしたい方は是非、定期演奏会においでいただきたい。といっても、外部から申し込んでも販売する切符はほとんどないので、お知り合いの団員にご相談を!!

 

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3.オーケストラとともに 2011年2月5日

 毎年の定期演奏会ではオーケストラ伴奏の曲があり、その中にはオペラ(歌劇)の合唱やアリアが必ずある。今年の演奏会で歌う曲のうち、先ずYouTubeの画像があるものを紹介しよう。

 

「ダッタン人の合唱」
 オーケストラの伴奏で歌うのは今年で連続9回目になるので、すでに何回か歌った曲もあるが、今年はじめて習い歌う曲の一つは「ダッタン人の合唱」である。どのような情景で歌われるのか以下の動画を見ていただきたい。「ムジカおさらぎ」では指導者の佐藤ゆり先生が編曲や訳詞/作詞をされて混声の二部や四部合唱に仕立て上げて歌われる。この曲では有名な「ダッタン人の踊り」から「娘達の踊り」や「全員の踊り」などの部分が混声四部合唱として歌われる。「娘達の踊り」の部分は現在、JR東海のテレビコマーシャルで流れているので、お聞きになっている方も多いだろう。「全員の踊り」のところはなかなか忙しい曲で、エキゾティックな感じがどのくらいお客さんに伝わるか。しっかり歌い込もう。

アレクサンドル・ボロディン作曲 歌劇「イーゴリ公」

第2幕

遊牧民族ポロヴェツ(Polovtsy(形容詞:Polovtsian、またはPolovetsian)、ダッタン、韃靼、)の攻撃を受けていたキエフ公国の諸侯の一人イーゴリ公はポロヴェツと戦うため遠征するが、捕らえらてしまう。ポロヴェツ人の長コンチャーク・ハーン(汗)はイーゴリの勇猛な武将としての態度に惚れこみ、宴席を設けさせ、奴隷達に歌舞を披露させる(ダッタン人の合唱)。

その後、イゴーリ公は敵陣から脱出し(第3幕)、帰国して妻ヤロスラーヴナと再会する(第4幕)。

 

「大行進曲」と「夕星の歌」
 有名な歌劇「タンホイザー」からは合唱とアリアの2曲を歌う。「大行進曲」は今までも歌ったことがあるが、「夕星の歌」は20周年記念男声合唱で男性陣は歌ったが、今回、女性陣ははじめての参加である。名だたるバリトンのアリアを混声二部合唱で歌う。「大行進曲」では騎士、貴族と貴婦人らしく勇ましく、しとやかに、そして高らかに歌い上げ、「夕星の歌」は切々たる思いを伝えたい。

リヒャルト・ヴァグナー作曲 歌劇「タンホイザーとワルトブルクの歌合戦

第2幕

出奔して異教の女神ヴェーヌス(ヴィーナス)との愛欲に溺れていた騎士タンホイザーがテューリンゲンの領主、ヘルマンや親友の騎士ヴォルフラムらと会い、ヴァルトブルク城へ戻る。騎士たちは吟遊詩人として歌う習わしがあり、城内で歌合戦が開かれ、騎士と貴族達により大行進曲「歌の殿堂を讃えよう」が歌われる。

タンホイザーはヴェーヌスを讃える歌を歌い、領主の怒りをかい、巡礼たちとローマへ行き、法王から罪の許しを受けるよう命ぜられ、追放される。しかし法王は僧の杖に若芽が出てこない限り救われることはないであろうと宣言し、タンホイザーを許さない。

第3幕

タンホイザーを慕う領主の姪エリーザベト姫はタンホイザーが赦されて戻ってくるようにマリア像に祈るが、タンホイザーは戻ってこない。エリーザベトは自身の命と引き換えにタンホイザーが救われるようにと祈る。エリーザベトを愛していながら友のためにあきらめていたヴァルフラムは、山に登り昇天する彼女の魂を優しく見守ってくれるよう、「夕星(宵の明星)の歌」を歌う。


 

帰国したタンホイザーはエリーザベトの死を知り、その亡骸に伏して絶命する。 エリーザベトの受難によって彼の魂は救われ、巡礼たちが芽をふき新緑に飾られた杖を掲げて現れ、神を讃える。

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 その他、今年の演奏会においてオーケストラ伴奏で歌う予定の曲を簡単に紹介しておこう。

「狩人の合唱」
 ウェーバー作曲歌劇「魔弾の射手」第3幕で歌われる合唱曲で、この団でも何度か歌っている。しかし、今回は佐藤ゆり先生の新しい編曲による混声四部合唱で、これが決定版になる由。団員のレベルが高くなっているので、よく響く高音まで取り入れられている。歌詞は今までと同じく堀内敬三訳詞によるものである。

 若い猟師のマックスは領主オットカール侯爵領の森林保護官クーノーの娘アガーテとの婚礼を控えている。射撃大会で優秀な成績を収めなければならないのに、ひどいスランプで予行大会では一発もあたらない。彼は悪魔と取り引きして狙ったものに必ず当たる魔弾を手にしている猟師のカスパールにそそのかされて悪魔から魔弾を手に入れる。射撃大会当日、そのオープニングに歌われるのが「狩人の合唱」である。
 魔弾のおかげでよい成績をおさめたマックスだが最後の1発は悪魔の意のままの標的にあたる契約で、カスパールは悪魔にアガーテを標的にするよう頼む。アガーテは森の隠者から身に危険が迫っていることを示唆され、もらってきた清めの白バラで冠を作ってかぶる。マックスは最後の魔弾で鳩を狙うが、魔弾はアガーテに向かう。しかし、彼女には当たらずカスパールを倒す。不審を抱いた領主にマックスは全てを告白し、領主に永久追放を宣告されるが、隠者のはからいにより、領主はこれを取り消し、最後はめでたしめでたし。

 定期演奏会ではオープニングに歌う予定であるので、元気よく高らかに歌い上げよう。

 

「人知れぬ涙」
 ドニゼッティの歌劇「愛の妙薬」第2幕・第2場で歌われるアリアで第18回定期演奏会で歌ったのだが、すっかり忘れているので、練習が大変。前回からかなり時が経っているので、はじめて歌う団員も多い。佐藤ゆり先生の訳詞・編曲の混声二部合唱である。

 貧農ネモリーノは美い富農の娘アディーナに想いを寄せるが彼女は魯鈍で弱気なネモリーノにちょっと惚れているのだが、すげないそぶり。村外れに宿営している守備隊の軍曹ベルコーレがアディーナに求婚し、アディーナもこれに応じる。
 口の達者なインチキ薬売りドゥルカマーラはネモリーノに惚れ薬「愛の妙薬」といつわりワインを売りつける。早速飲んだネモリーノは酒の勢いで気が大きくなる。アディーナは進軍命令が出たベルコーレと急にその晩婚礼を挙げることになる。驚いたネモリーノはドゥルカマーラから更に「愛の妙薬」を買おうとするが金がなく、ベルコーレの部隊に志願し、給料を前借りして偽薬のワインを買い、飲み干して眠り込む。村娘たちはネモリーノの伯父が死んで、彼が巨額の遺産をすべて相続するという噂を聞きつけ、彼と結ばれて玉の輿に乗ることを夢見る。酔いから醒めたネモリーは妙薬のおかげで村一番の人気者になったと大喜びする。
 一方、いざ結婚の誓約という時に、アディーナは躊躇する。アディーナはドゥルカマーラからネモリーノが惚れ薬を買う金欲しさに、軍隊に入る約束をしたと聞いて、彼の強い想いを知り感激して涙を見せる。これを見たネモリーノが愛する人の涙に感動して歌うのが「人知れぬ涙」だ。アディーナはついに愛を告白し、二人は固く抱き合う。ドゥルカマーラは、愛の妙薬の効き目を宣伝し、売りつくして村を去る。

 300人近いお年寄り達の合唱でこのネモリーノの想いをどう伝えるのかが大きな課題ですね。

 

「耳に残る君の歌声」
 ビゼーの歌劇「真珠採り」第1幕中のアリア。テノールの定番の曲の一つである。また、若い頃、アルフレット・ハウゼ楽団の「真珠採りのタンゴ」でよく聞いたメロディーだ。この団で取り上げるのははじめてである。これも佐藤ゆり先生の作詞・編曲の混声二部合唱だ。

 古代のセイロン島の浜辺で、真珠採り漁夫の棟梁ズルガが旧友の漁夫ナディールと再会する。彼らは以前同じ女性レイラを愛し争ったがそれを水に流して友情を誓いあう。真珠採りの安全を祈るために船でヴェールを被ったバラモン教の尼僧が島を訪れる。ナディールは尼僧の声を聞いて彼女がレイラであることに気付く。ナディールが耳に残るレイラの声をまた聞きたいと願い歌うのが「耳に残る君の歌声」である。
 レイラは幼い時に逃亡者を助けてお礼に真珠の首飾りをもらったことを仲間に告げる。ナディールはレイラを誘い駆け落ちしようとするが捕まり、ズルガは友情を裏切られ嫉妬にかられ、二人に死刑を宣告する。レイラは形見として彼女の母親に届けてほしいと真珠の首飾りを託す。これを見たズルガは、彼女がかつて彼の命を救った少女だったと知るが死刑を取り消すことはできない。村に火を放ったズルガは処刑場で村が燃えていると叫びぶ。人々が村へと走り去ると、ズルガは鎖を断ち切り首飾りを示し二人を逃がすが、彼は村人の手にかかって殺される。

 さて、この甘いメロディーを皆さんにどのように聞かせようか。

 

「美しく青きドナウ」
 いわずと知れたヨハン・シュトラウス2世のウインナワルツで、すでに第10回、第14回、第17回定期演奏会で歌っている。おなじみの堀内敬三の歌詞で、佐藤ゆり先生の編曲による混声四部構成である。毎年正月にNHKで中継放送されるウィーンフィルハーモニー管弦楽団のニューイヤーコンサートでも演奏されているし、お客さんにもなじみの曲なのである。われわれ高齢者がいかに軽やかなワルツとしてお聴かせできるか、練習にも熱が入る。

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4.歌うということ(1) 音とはなんだ? 2011年2月17日

 中学校の校舎が戦災で焼け、他の学校を借りた授業だったし、音楽の教科をとらなかったので、中学、高校時代歌を歌った記憶があまりない。軍歌ぐらいだろう。大学に入り、新制になったばかりで旧制高校の感じが色濃く残っていたので寮歌をだいぶ歌った覚えがある。 また、昼休みアコーディオン伴奏で歌を教えるグループがあり、ロシヤ民謡を覚え、ビヤホールでドイツ民謡をどなった。後年になりカラオケが流行っているが、好きでないので、ほとんど行ったことがない。
 音楽鑑賞は嫌いでなかったので、交響楽は定期演奏会にずっと通っている。しかし、ちゃんと歌を習ったのは「ムジカおさらぎ」の合唱団に入ってからだ。300名も団員がいる合唱団は気が楽で、ここ数年は「毎日母さん」(毎日新聞日曜日連載、テレビ東京水曜日6時半放映)のぶんじ君のように先生のいうことは上の空、たいていはあまり声を出さずに口パクだけで過ごしてしまった。練習日に会場で歌うだけなので習ったといっても全く身につかない。
 しかし、このところ折角月謝も払っていることだし、少し歌に目覚めた。そこで先生のいうことをちゃんと聞いてみると、これがなかなか難しい。「もっと声を高めに」って言われても「えっ?」ってなことで大変だ。そこで、先ず音とはなんぞやということから考えてみた。音楽や絵画といった藝術的才能を全然持ち合わせていない当方としては、理屈で攻めるしかない。
 例えば図1のように音叉を叩くと音が出る。しかし、これだけでは我々にとって「音」ではない。空気の振動が耳に届き、その情報が神経を通じて脳に達して認識されてはじめて「音」なのだ。

 どう聞こえるかはあとまわしにして、まずは物理的な音について考える。音叉を叩く(音源)と、その振動が空気の粒を前後に押したり引いたりするので空気の圧力が変わりる(音波)。これが空中を伝わって耳の鼓膜に達する。この空気の圧力の変化は音圧と呼ばれ、物理的な音の強さになる。我々が認識する音の強さはこの音圧の対数に当たる量であるが、ここでは詳しくは述べない。

 図1で例えば耳の鼓膜の位置で音圧の時間変化を記録すると図2のような図になる。横軸が時間(この場合ミリ秒(ms)単位)で、縦軸が音の強さである。図1で粒の密度が濃いところが山の上で、荒いところが谷にあたる。音叉の場合はおおよそこのような形の振動波形となり、数学のサイン(sine、正弦)で表されるのでサイン波(正弦波)と呼ばれる。右図上では5ミリ秒(ms)に1回の振動で、1秒は1000ミリ秒なので1秒あたりでは200回の振動になるので振動数周波数ともいう)200ヘルツ(Hz)という。
図2下は5ミリ秒(ms)に2回の振動で、振動数(周波数)は400ヘルツ(Hz)である。
 この振動数を横軸にとり、音の強さを縦軸にとったのが図2のそれぞれの右にある図(周波数スペクトル、振動数スペクトル)で、光をプリズムなどで分けたスペクトルと同様である。音叉の音の場合は、大まかにいうとこのように単一の振動数の成分のみの音で、このような音と純音という。

 我々の周りにある音のほとんどは純音ではない。単純な1本の弦を考えてみよう。図3は両端が固定された弦のモデル図である。両端が固定されているので一番上の図のように、実線と点線との間で弦が揺れると考えていただきたい。このときの振動数(周波数)を としよう。ところが両端が固定されているという条件は、図3の一番上の状態だけでなく、その下の幾つもの図のように振動数fの整数倍の振動でも起こり得る。2倍の振動数 2fの場合は弦の長さの1/2、振動数 3f の場合は1/3の所では弦は動かず、この位置を節(node)という。
 音でなくても、振動一般でこの現象はおこる。音の場合、一番振動数の低い振動数fの音を基音と呼び、2f3f など基音の整数倍の振動数の音を倍音という。
 下に示してある図4左は音波のモデルである。Aは440Hz、Bは880Hz、Cは1320Hzの音の波形を示してある(B、CはAの倍音に当たり、それぞれ強さは弱く表示してある。Dはこれらを重ね合わせたもので基音と2倍音、3倍音を含み音の波形である。


 このように倍音を伴う音を振動数スペクトル(周波数スペクトル)で表すと図4右上のように基音と倍音が伴ったものとなる。つまり、最初に述べた純音では例えば400Hzのスペクトルは400Hzのサイン波のみであったが、通常の楽器などでの400HZの音のスペクトルは図4右上のように基音と倍音のセットなのである。実際の音を解析すると点線で示したような具合になる。楽器ではリコーダーは倍音が少ないといわれており、ヴァイオリンは倍音が多い。多くの打楽器の音には倍音以外の音も多数含まれる。ちなみに雑音のスペクトルは図4右下のようにさまざまな振動数の集合体で、このような強さがほぼ同じの音の集まりの場合、ホワイトノイズと呼ばれる。
 先生に「ピアノのラの音にあわせて声を出して」といわれて声を出したとき440Hzの音だけが出ているわけではないのだ。このような倍音を一緒に出していることになる。

 理工系の人間が音楽を考えると、こんなに七面倒くさいことになる。音楽家はことも簡単にこなしているのにこのざまである。この調子だと歌うことにたどり着くのはなかなか大変だ。 まあ、気長に不定期にこの続きを話そう。 今回は最初の音源と音波のあたりが中心だったので、次は音の共鳴と聴覚系の話題を探してみる。

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5.歌うということ(2) 音の共鳴 2011年2月28日

 音が耳に入る前におこる現象で、これから述べる事柄に関連することを少しばかり調べておくことにする。
 音を含む振動現象では前回述べたように、振動する物の大きさ、重さ、固さなどによる特有の揺れ、すなわち振動がおこる。そのときの振動数を固有振動数と呼ぶ。例えば図1のようなブランコはブランコや乗っている子供の重さ、ブランコを吊っているロープや鎖の長さなどで決まった揺れの周期、即ちそのブランコの固有振動がある。音の場合、音を出す物により決まった音の高さが固有振動数である。ギターや琴など弦の張ってある楽器では弦をはじくと決まった音が出る。弦を強く張れば音は高くなり、弱く張れば低い音になる。その弦の固有振動数が変わるのだ。

 ブランコを漕いだり、揺らすときはその周期が、ブランコの固有振動数に合っている場合、大きく揺れるが、合わないときは次第に止まってしまう。この強め合う振動現象を共振といい、音などの場合は共鳴と名付けられている。
 音波が物に当たると反射が起こる。反射された波の振動数は入力されたものと同じであるが方向と波の山及び谷の位置がずれ、入力した音と反射した音の山が合えば音は強められ、山と谷が一致すると弱められる。 

固い壁では入力したエネルギーが弱められずに反射されるのでユニットバスの中で歌うと反響が大きい。それに較べて、和室やカーテンの多い部屋では柔らかな素材が音のエネルギーを熱に変えるので大きな減衰がおこり、音の反射が少ない。箱のような周囲を囲まれた中で入力波と反射波が一致して強め合う場合、音の共鳴が起こり、一致しない場合は音は減衰する。

 音叉は倍音の少ない純音に近い音を出すことを前回のべた。音叉のみでは音が小さいので図2のような共鳴箱と共に用いられることがある。音叉の振動が付け根部分から共鳴箱に伝わり、共鳴が起こり強い音が発せられる。 図3は前回も示した音の振動スペクトル(音源の音を振動数別に強さを表したもの。光の場合に白色光をプリズムに通すと虹色に分解されるのと同じである)の図で、音叉の場合は純音であるので図3(A)のように倍音がなく基音のみが共鳴で強い音になる。
 一方、通常の音源、例えば弦をはじいた場合、その弦の固有振動数(決まった音の高さ)の基音の他に、その整数倍の振動数をもつ倍音(一般に基音より弱い音で、振動数が高くなるほど弱くなる)を伴っている。この音が共鳴器に伝わると、共鳴器の形状や固さなどにより、共鳴器の部分的な固有振動がおこるので、基音と倍音が個別に共鳴し、音が強め合ったり、弱め合ったりする。この様子を模式的に描いたのが図3(B)である。その結果、特有な音の振動スペクトルとなり、これが音色の重要な要素となるのである。
 弦楽器の場合、弦は周囲の空気と接するところが少ないので、そのままでは弱い音しかでないが、共鳴する物を用いて強い音がでるようにしている。例としてヴァイオリンについて少し述べてみよう。
 
ヴァイオリンが美しい音色を出すのは複雑な形をした本体(特に表板と裏板それぞれ)で共鳴が起こるためである。弦の音は駒を通じて表板、裏板に伝わり、共鳴が起こる。

 弦と異なり、このような板の振動にはねじれたり、部分的に凹んだり膨らんだりするさまざまな振動モードがある。ドイツの物理学者クラドニ(Ernst Chladni)は板の振動の様子を目に見えるようにした。前回、弦では、その振動が一定の波(定在波、定常波)になり、弦の動かない場所ができ、これを節と呼ぶと説明したが、板の場合にも節がある。クラドニは板の上一面に細かい砂などを置いて板を振動させると、節に当たる部分では振動が起こらないので砂が集まり、振動の様子を描けることをみつけた。こうしてできる図形をクラドニ図形と呼ぶ。図4(A)(出典:豪州ニューサウスウェールズ大学)にヴァイオリンの表板のクラドニ図形の幾つかを示した。黒い線が砂が集まった部分で、ここに示した以外にもさまざまなモードに対応した図形が得られる。図4(B)(出典:上記に同じ)には実際のヴァイオリンの音の振動スペクトルとその振動数に対応するクラドニ図形を示した。

 つまり、440Hzに調弦されたヴァイオリンのA線(高い音の弦から2番目の弦)をひいた場合、我々の耳に達するのは440Hzの正弦波、あるいは図3(B)の上に示したような倍音を伴った440Hzの振動ではなく、図4(B)のようなさまざまな振動数をもつ空気の振動なのだ。今まで簡単に倍音は基音の振動数の整数倍と書いてきたが、実際には正確に整数倍ではなくその付近に多少の揺らぎのある振動数の倍音がでている。これが自然なのだ。 

エンジニアのための余計なお世話

 電子的にはさまざまな波形の振動を作ることができる。右図には同じ振動数(周波数)の正弦波、矩形波、三角波、のこぎり波(鋸歯波)を示した。周期関数をさまざまな三角関数(sin、cos)の集合として表したものがフーリエ級数で、音などの振動波形を正弦波の集合として表すのがフーリエ変換である。右図の一番上の正弦波では1個の正弦波のみで表され、純音にあたる。他の波形はフーリエ変換すると基本となる正弦波と無限個の正弦波の和として表され、この基本の正弦波が基音で、それ以外の正弦波が倍音である。上で述べた振動数スペクトルは音波をフーリエ変換したものにあたる。矩形波、三角波では奇数倍音のみを含み、のこぎり波は全ての整数倍音を含む。弦楽器では弦の両端が固定されているので必ず両端が定常波の節となり、管楽器では開管(両端が開いている管か、ラッパ状に開いている管)楽器では両端が定常波の腹になるので、それらの楽器の音は全ての整数倍音を含むが、閉管(片方が閉じている管)の楽器では閉じた端が節、開いた端が腹になり、奇数倍音しか含まない音となる。そのため、のこぎり波はヴァイオリンっぽい音となり、矩形波の音はクラリネット(オーケストラ管楽器のうち唯一の閉管楽器)風な感じの音となる。
 電子楽器は電子的に作られた音を用いた楽器であり、最近はさまざまなものが作られている。また、ほとんどのパソコンには音源が入っている(内蔵音源と呼ばれる)。これらの出す音は矩形波、三角波、のこぎり波など倍音を含む波をバンドパス・フィルターを通して加工したり、さまざまな正弦波を加算して複雑な倍音を合成するなどの方法で作られる。また、現実の音をディジタル・パルスに変えて用いるPCM(パルス符号変調、pulse code modulation)などアナログをディジタルに変換してより自然に近い音を再現することも行われている。 最近の内蔵音源はほとんどの場合PCM音源である。

 前回、今回で耳に達するまでの音について考えてきた。次回は耳に達した音の行方を追ってみる。

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6.歌うということ(3) 音はどうやって聞こえるのか 2011年3月7日

 図1は4回目図1の右端の聴覚系について少し詳しく描いたものである。まず、音が鼓膜に達してから脳で判断するまでの経路を簡単にみてみよう。音波は鼓膜に達して、これを振動させる。振動は耳小骨と呼ばれる3個の骨を介して蝸牛と呼ばれる部分に達する。蝸牛とその上にある三半規管(平衡感覚を司る)とを総称して内耳とよぶ。以下に述べる仕組みで蝸牛の中で機械的振動が神経信号に変換され聴神経で脳幹を経由して大脳に送られる。一次聴覚野といわれる部分で音が認識され、その情報は前頭前野に送られる。ここで、他の情報と照合されて統合情報として我々は音を認識しているのだ。

 次に蝸牛の中で音が神経情報に変わる仕組みをもう少しだけ詳しく見ていくとにする。蝸牛はカタツムリの殻状の骨の中に二回り半ほど巻いた渦巻き状の管があり蝸牛管と呼ばれる。中はリンパ液で満たされ伸ばすと3cmほどで、中は膜で仕切られた複雑な構造をしている。音の信号変換に関する部分のみを図2にごく概略を示した。中の2枚の膜の一方は基底膜(あるいは基底板、図2A)と呼ばれる。

 耳小骨に伝わった音波振動は蝸牛管中のリンパ液に伝えられ、基底膜を振動させる。基底膜は音が最初に伝わる鼓膜側(入り口側)では狭く固く、先に行くほど広く、柔らかくなっており、そのおおよその比率は図3中に示してある。前回説明した固有振動数は物の質量(大きさ、固さ)により変わる。固くて小さい物を叩けば高い音になり、柔らかめで大きい物を叩けば低い音になるということだ。そのため、基底膜の入り口側ではその固有振動数は高く、先に行くほど低くなる。音波による振動は入り口側から先端に向けてちょうど海の波のように進んで行く。その振動数が基底膜の固有振動数と一致する付近では、前回のべた共鳴が起こり、基底膜が大きく振動する。するとそこでエネルギーが消費されるので振動が減衰し止まってしまう(図2の右上側)。振動数の高い、即ち高い音(赤で示した)は途中で止まり、それより振動数の低い振動(低い音)(緑で示した)はさらに先に進む。もっと低い音はさらに先で共鳴が起こる(青色で示した)。この仕組みを発見したベケシー(G. von Bekesy)は1961年に、その業績でノーベル医学生理学賞を受賞した。

 基底膜の上には複雑な細胞群があるが、詳しくは述べない。その中に先端に繊毛をもつ内有毛細胞(図2B、片耳に約3,500個、他に外有毛細胞がある。下記かこみ欄参照)がある。それに覆い被さるように蓋膜(図2C)があり、基底膜が振動すると、その繊毛中の聴毛が蓋膜と接触して細胞膜を変化させて神経信号を送り出す。図2に概念図を描いたように有毛細胞毎に神経が出ており、それら神経繊維が束ねられて聴神経として図1に示したように脳につながれている。図3に示したように基底膜は20,000Hz(20kHz)から200Hz程度の領域で振動すため、人間は個人差があるが通常20Hzから、15,000Hzないし20,000Hz程度の音を感じ取ることができ、この周波数帯域を可聴域という。これより高い周波数の音が超音波で、この領域以下の周波数の音は低周波音である。近年、騒音被害(低周波騒音)の原因として問題となっている。

 図1に示したように聴神経から入った信号は脳幹を経由して脳の一次聴覚野という領域に達する。ここでは音の振動数(周波数)に対応した脳神経細胞(ニューロン)群があることが知られており、トノトピーと呼ばれる(図4、原典:英国The Open University)。それぞれの細胞は特定の振動数の音、またはその倍音に対して興奮するといわれ、これらの細胞(ニューロン)は蝸牛中の有毛細胞と対応していると考えられている。
 一次聴覚野からの信号はハーモニー、メロディー、リズムという音楽の三大要素を司っている二次聴覚野、さらに高度な音楽を総合的に理解する三次聴覚野に達する。

エンジニアのための余計なお世話

 蝸牛の基底膜は巧妙なメカニカル・バンドパス・フィルターである。機械的振動としての音波がこのフィルターにより振動数(周波数)毎に分類され、有毛細胞という信号変換器(シグナル・トランスデューサー)で機械的振動がパルス信号に変換される。神経繊維で伝送されるパルスは神経細胞の細胞膜の外側と内側でのイオンの出入りによる膜電位の変化が膜の隣の部分を刺激してイオンの出入りをおこさせることによるパルス伝送である。したがって、その信号は導線中の電気信号に較べれば格段に遅い(速度が大きい有髄繊維で100m/sec程度)が、我々にとっては十分早い速度で伝達される。

 上記の有毛細胞のところでは述べなかったが、図5A(出典:News in Physiological Sciences)に示したように有毛細胞には内有毛細胞(求心神経が接続)と外有毛細胞(遠心神経が接続)とがある。求心神経は末梢から脳の方向へ信号が進む神経で、遠心神経は脳から末梢へ信号が送られる神経である。内有毛細胞は基底膜の振動を感知して脳へ信号を送るが、外有毛細胞は蓋膜に直接結合していて、基底膜の振動が伝わると、外有毛細胞が伸縮する(このためダンス細胞というニックネームがつけられている)ため蓋膜が振動し、それが内有毛細胞に伝わることで音に由来する振動は強く増幅されて、脳に信号が送られる。図5Bに示したように外有毛細胞が存在する場合は、共鳴した振動数で鋭いピーク(dB単位は下方が強い方向)を示し、高いチューニング性能を示すが、この細胞がない場合はこのチューニングがおこらない。
 この正のフィードバックによる蝸牛アンプ(cochlear amplifier)があるため、音の振動による神経信号は強く増幅されて脳に送られる。また、外有毛細胞には脳から信号が送られる遠心神経がつながっているので、脳からの信号により抑制もしているらしい。多くの音が混在している時でも、関心のある音はよく聞き取れる(カクテルパーティー効果)が、おそらく注意を向けている音や、視覚の認識等により、認識すべき振動数(周波数)を選択し、その音は増幅し、それ以外の音は抑制する神経信号が外有毛細胞に送られ、正負のフィードバック機構により、我々は音を明確に聞き取ることができるのであろう。

 

高齢者のための余計なお世話

 我々高齢者にとって厄介なのはだんだん耳が遠くなることである。加齢による難聴は老人性難聴とよばれる。基底膜の振動は鼓膜側から先端に伝わるので、高い振動数(高い音)を感知する根本の方は絶えず振動にさらされるせいか内有毛細胞外有毛細胞も先端領域(低音側)の細胞より、死滅度が高い。そのため、老人になると高い音から聞こえ難くなる。相対的に低音がよく聞こえるため、低音がうるさく感じられる。有毛細胞は再生しないので、この原因による難聴は不可逆で元に戻らない。上記かこみ欄で述べたように外有毛細胞のフィードバック機構(受け取った音に応じて聞き取りやすさを調節するしくみ)も、外有毛細胞の死滅により失われるので、音自身は聞き取れても認識し難くなる現象も加わる。
 このように低音に較べて高音がきき難くなるので、単に音を大きくするマイクとスピーカーあるいはイヤホンが付いただけの補助器は低音雑音が強く響く。難聴の程度は個人差が多いので、耳鼻科医による診察を受け、聴力検査により、どの振動数(周波数)域での聴力が落ちているのかを精密に測定し、その領域の音を増幅する補聴器を選択することが必要になる。私は幸いにもまだ、補聴器のお世話になっていないので詳しいことは知らないが、最近では情況に応じて増幅あるいは抑制する周波数帯をスイッチで選択できる物もあるそうで、町中、室内など音環境の違いに合わせて使うことができるらしい。老眼が進み老眼鏡の度を変える必要なあるのと同様、有毛細胞の死滅が進むと聞こえる音の程度も変わるので、補聴器の調整も必要だ。
 老人性難聴は治らないが、予防はある程度効果が期待できそうである。高血圧糖尿病では血行障害が起こる。そのため、内耳の血流が悪くなり、聴覚の老化が早まるといわれている。
 哺乳類の老化進行はカロリー制限によって遅らせることが知られており、摂取カロリーを減らすと老人性難聴発症を抑制したり、寿命が延びることが報告されている。またパーキンソン病のモデル動物やアルツハイマー病のモデル動物を用いた研究では、カロリー制限により脳神経細胞の消失が抑えられることも報告されている。このカロリー制限による老化遅延メカニズムについては活性酸素による酸化ストレス細胞障害の減少が主ではないかと考えられていたが、その分子メカニズムについては解明されていなかった。最近の東京大学の染谷博士、田之倉教授のマウスを使った研究によると、細胞中のミトコンドリア(図6(出典:染谷慎一、細胞中の燃料生産工場で、ここでATPと称する細胞の燃料が製造され、これが我々の体のエネルギーとなる)での活性酸素の量が、カロリー制限により抑えられるメカニズムが分子レベルで解明された。結論からいうとカロリー制限をするとミトコンドリアの還元型グルタチオンという還元性を保つ物質が増える。その結果、活性酸素が減り、有毛細胞が死ぬのを防ぐので、老人性難聴が減るという仕組みだ。実験はマウスの脱アセチル化酵素Sirt3サーチュインという酵 群の1種、カロリー制限により脂肪組織のSirt3が増加することが知られている)のない遺伝子変異型マウスを作り、正常のマウスとの比較を行った。正常マウスが難聴を起こさない月齢(年齢)で、同月齢の変異型マウスは全ての周波数(振動数)の音に対して中程度の難聴が起こり、解剖の結果、有毛細胞に顕著な傷害が見つかったということである。

おのおの方、我々の歳になったら、食事は腹七分以下にして、
精一杯歌って腹を空かせて毎日を過ごそう。アルコールはカロリーを増やし、
アルコール解毒に際して活性酸素も増やすので酒もほどほどにしないといけない

以下は日野原重明先生のブログから引用させていただいた。
日野原重明の100歳からの人生
2010年11月10日
……
食事… 30歳の体重と腹囲維持、増加は1割程度に
 皆さんに申したい一番大切なことは食事である。30歳の時の体重と腹囲に比べて、私の場合、身長は168cm から160cm になったが、体重は30歳当時の60s より僅か2s 多い程度、腹囲は85cm と、これも数p 増えている状態にとどまっている。  めいめいが30歳の頃の体重と腹囲を維持し、その1割程度の増加に止まっているのが理想的である。私の今の身長から100引いた値、160−100= 60s より10%以上、体重を増さなければよいのである。もしそれ以上の肥満であれば、運動して1日4q 歩くとか、駅の階段はなるべく歩いて上下し、できれば2階へのエスカレーターには乗らないで歩いてほしい。

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7.オーケストラの伴奏で300人が歌う 2011年4月13日

4月9日(土)に我がR60の合唱団「混声合唱団ムジカおさらぎ」第23回定期演奏会鎌倉芸術館で開かれた。東日本大震災の影響で会場の鎌倉芸術館が閉館となり、練習場によく利用する鎌倉生涯学習センターも計画停電の期間は閉館となるので使えず、練習場の確保が難しくなり、一時は演奏会の開催も危ぶまれたが、なんとか開催にこぎつけることができた。

毎年、定期演奏会はチャリティコンサートとして開催され、私たち高齢者が健やかに生きて歌を歌える喜びを皆さんに伝えて募金を集め、ささやかな社会奉仕としている(募金のゆくえ)。今回は東日本大震災への義援金募集も兼ねたチャリティーコンサートとしたが、来場されたお客様と私たち団員の募金を合わせた金額は100万円を越し、今までの演奏会での募金の最高額となった。演奏会の模様募金についてはホームページの更新の際、順次掲載されるのでご覧いただきたい。

最初の演奏会からずっとピアノ伴奏で行ってきたが、第10回の定期演奏会は10周年記念ということで、3部構成の第3部は小編成のオーケストラの伴奏で行われ、、第15回演奏会も再びオーケストラ伴奏で行われた。翌年からは毎年、第3部はオーケストラ伴奏という演奏形式が定着した。以下に今までの演奏会でのオーケストラの構成を載せておく。カッコ内は演奏日、太字の数字はメンバー数で、楽器の略号は次の通りである。(Vn:ヴァイオリン、Va:ヴィオラ、Vc:チェロ、Cb:コントラバス、Fl:フルート、Ob:オーボエ、Cl:クラリネット、Fg:ファゴット、Sax:サクソフォーン、Tp:トランペット、Hr:ホルン、Tb:チューバ、Per:パーカッション)

 

第10回

(1998/4/15)

9

(2Vn、Vc、Cb、Fl、Cl、Tp、Hr、Fg)

 

第15回

(2003/4/13)

15

(4Vn、Va、Vc、Cb、Fl、Ob、Cl、3Tp、Fg、Per)

 

第16回

(2004/4/ 4)

16

(4Vn、Va、Vc、Cb、Fl、Ob、Cl、Fg、Sax、Tp、2Hr、Per)

 

第17回

(2005/4/ 3)

17

(5Vn、Va、Vc、Cb、Fl、Ob、Cl、Fg、Sax、Tp、2Hr、Per)

 

第18回

(2006/4/ 9)

18

(5Vn、Va、Vc、Cb、Fl、Ob、Cl、Fg、Sax、Tp、Hr、3Per)

 

第19回

(2007/4/15)

20

(5Vn、Va、Vc、Cb、Fl、Ob、Cl、Fg、Sax、3Tp、2Hr、2Per)

 

第20回

(2008/4/ 5)

30

(8Vn、2Va、2Vc、Cb、2Fl、2Ob、Cl、Fg、Sax、3Tp、2Hr、2Tb、3Per)

 

第21回

(2009/4/19)

22

(5Vn、2Va、2Vc、Cb、Fl、Ob、Cl、Fg、Sax、Tp、2Hr、2Tb、2Per)

 

第22回

(2010/4/17)

28

(9Vn、3Va、2Vc、Cb、Fl、Ob、Cl、Fg、Sax、Tp、2Hr、2Tb、3Per)

 

第23回

(2011/4/ 9)

29

(8Vn、3Va、2Vc、Cb、2Fl、Ob、Cl、Fg、Sax、2Tp、2Hr、2Tb、3Per)

演奏曲にあった楽器構成のため、楽器の種類や数は毎年変動するが、年々大きな編成になってきている。メンバーはいずれも交響楽団や室内楽団で活躍しておられるプロの演奏家で、我々素人の合唱の伴奏には贅沢すぎるが、指導者の佐藤先生曰く「素人の合唱の伴奏に臨機応変に対応できるのは演奏経験が豊富なプロの演奏家なのです」。いわれてみるともっともで、「ムジカおさらぎオーケストラ」の名のもとに大半の同じメンバーが毎年、私たちにおつきあいくださっているので、私たちの欠点も十分承知の上で上手にカバーしてくださる。
第20回定期演奏会の時は20周年を記念して1部、3部ともオーケストラ伴奏で、しかも30名編成の豪華版であったが、今年もほぼ同じ29名構成である。鎌倉芸術劇場大ホールの舞台いっぱいに約30名のオーケストラと約300名の合唱団が並んで行われる演奏は圧巻である。

第1部の「白いうた青いうた」はもともとピアノ伴奏の合唱曲であるが、今年はヴァイオリンと管楽器がピアノに加わり、曲にあった伴奏をしていただけたので、情緒あふれた曲がすごく引き立った演奏ができて感激した。

私は第15回定期演奏の年度からこの合唱団に入団したので、定期演奏会は全てオーケストラの伴奏で歌っている。「混声合唱団ムジカおさらぎ」は60才以上なら楽譜が読めない人でも入れる合唱団であるが、演奏の中核となる人達を作るためにヴォイストレーニングを専門に行うための集まり「グループ響き」がある。歌を歌う経験が全くない私はこの集まりに参加させて貰った。この集まりでは基本的な声の出し方、呼吸の仕方を習い、良い声で歌を歌うための教本「コンコーネ」で発声の訓練を、そして歌を歌う訓練のためにイタリア歌曲を学んでいる。

先生に教えられることの基本はずっと変わらないのだが、私が習うようになってから、毎年オーケストラの伴奏で歌うことになったために指導の内容が幾分変化したように思える。私が感じたのは次の点である。

  1.リズムの重視
   我々素人の老人300人の合唱ではリズムがなかなか合わず、歌がどんどん遅れてしまう。ピアノ伴奏だと、ピアニスト高須先生が適当に我々を引っ張ったり、合わせたりと救済してくれるが、30人に近いオーケストラではそうはいかない。曲はどんどん進行するし、それぞれの曲により2/4、4/4、3/4、6/8、9/8などさまざまなリズムがあり、また、曲中で拍が変わる歌もあるので、それぞれの曲の拍に合わせたリズムにすぐ合わせて歌えるようにしなければならない。したがって、先生はピアノ伴奏の時より、もっとすぐれたリズム感を要求するようになった。
  2.オーケストラの和音に合わせた和音で歌う
   「歌うということ」シリーズの中で取り上げるが、オーケストラの各楽器は美しい和音で曲を奏でる。私のように音楽の素養がなく、歌った経験もないものにとっては歌というのは与えられた楽譜に沿ってピアノの音になるべく合わせた声を出せばよいと単純に思っていたがそうではないらしい。合唱の基本は和音である。オーケストラに合わせた合唱について後に述べよう。
  3.オーケストラの上に乗る声を出す
   ピアノ伴奏にくらべてオーケストラはさまざまな楽器が大きな音を奏でる。ピアノ伴奏の時でも大ホールの3階にまで届く歌声を響かせるのは大変だが、オーケストラと一緒だと下手な声ではオーケストラにかき消されてしまう。発声の訓練では以前からホールの奥に届く声を出すようにと言われていたが、オーケストラ伴奏になってからは、オーケストラの上に乗る声を求められるようになった。

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8.歌うということ(4) 今までのおさらい 2011年5月3日

音が発生してから脳にその情報が届くまでを述べてきたので、先に進む前に、それらを簡単に整理しておこう。詳細は今までの項を見てほしい。

図1にここしばらく話題にする音の発生源(音源)のを示しておく。Aは音叉を模式的に示した。A'は発信器で電気的にさまざまな振動数の音を発生させることができる。Bは1本の弦を張った一弦琴のモデル、Cは弦の長さのみがBの1/2の一弦琴のモデルを示したものである。これらの音源から図1に模式的に示したように空気の粗密の振動として音が伝わる。1秒間に何回振動するかで音の高さが決まり、1秒当たりの振動の数を振動数と呼び、単位はヘルツ(Hz)である。


 

図2に音の振動数の高低を電磁場の振動数の高低である色で模してみた。図1の音叉の音は純音で一つの振動数の音だけである(図2A)。図1のBの一弦琴はAの音叉と同じ音を出すように調律してあるとすると、図2BのようにAと同じ音を出すが、同時にその音の振動数の2倍、3倍といった整数倍の音も出す。一番振動数の低い基本となる音を基音と呼び、一緒に鳴る整数倍の音を倍音と呼ぶ。図2に音の高さの違いを色で、音の大きさを円の大きさで示した。図1のCは弦の長さがBの1/2で、図2のCのようにBの2倍の高さの音が基音となり、それの整数倍の振動数の倍音が一緒に鳴る(四角で示した)。A、B、Cを定量的に示したのがA'、B'、C'で横軸に音の高さを示す振動数を、縦軸に音の高さをとり、基音、倍音を棒であらわす。図1のB、Cの理想的な一弦琴の場合には、Cの基音、倍音はすべてBの音に含まれる。


 

図1Aの音叉を共鳴箱にのせると、倍音がなく基音のみなので、その音が強く鳴る(図3A)。図1Bの一弦琴の場合、図3Bのように大きくて比較的柔らかい素材の共鳴箱にのせると、基音、倍音の低音部分が共鳴して強く響く。B'のように小さく比較的固い素材の共鳴箱にのせた場合は高い音の成分が共鳴して強く響くようになる。このような共鳴の違いにより、音の高さが同じ一弦琴でも音色が変わってくる。


 

上述したことは物理的な意味での音であるが、私たちが音として感じているのは脳で認識したものである(図4)。音は耳の鼓膜を振動させ、その振動が内耳のカタツムリ状の蝸牛内部の基底膜に伝わる。基底膜は蝸牛の入り口側から奥に行くにしたがって幅が狭く固くなり、領域により共鳴する固有振動数が異なる。鼓膜に入った音の振動数と同じ固有振動数の基底膜の領域が共鳴(入り口付近では低音が共鳴、奥では高音が共鳴)して、基底膜上の聴細胞(有毛細胞)を刺激する。個々の聴細胞は脳の一次聴覚野の細胞とそれぞれ神経で結ばれており、脳はこれらの細胞に届いた振動数に応じた刺激を統合して音と判断している。


 

物理的な音と我々が認識している音との相違を如実に示すのが、音の高さの認識である。我々にとって1オクターヴずつの間隔はそれぞれ同じように感じられ、図5に示したピアノの鍵盤のように音が一定の差で並んでいることに違和感を感じない。図5中Cは中央のドをAはラの音の鍵盤を示している。音は図2や図4の虹色の帯で示したように連続した高さで出すことができるので、このラの音が物理的にどの音なのかは決めておかないと、音を合わせることができない。そこで国際的な基準としてはこのラ(A)の音を440Hzとすることになっている(実際の演奏では数Hz高く設定されている)。

図5中緑の数字が、対応する鍵盤の出す音の振動数である。このようにオクターヴ違いのラ(A)の音は鍵盤上で等間隔(同じ差)で並んでいるが、その数字が示すように振動数は2倍、1/2倍となっており、比率が同じ、つまり同じ比なのである。その緑色の数字(振動数)が等間隔になるように書くと上部の赤い数字で示したスケールになる。オクターヴ間は同じ差ではなく同じ比なのである。


 

エンジニアのための余計なお世話

かけ算・割り算を足し算・引き算にする数学的な変換法が対数変換である。この変換により上記の物理的な音の振動数のを音の高さのとして表すことが可能になる。ヒトの可聴域(音として認識できる振動域)は約20Hzから20,000Hz程度といわれる。この広いダイナミックレンジの刺激入力を我々の脳は対数変換ということを意識せずに対数変換圧縮で認識している。音の強さも同様に対数圧縮で認識しているので、音圧を対数変換することにより感覚的な音の強さをdBとう単位で取り扱っている。脳内でのこれらの処理がどのように行われているのかは現段階では不明である。将来、大脳生理学などの発達により次第に解明されるであろう。

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9.歌うということ(5) 心地よい音と不快な音 2011年5月12日

(1)先ず音を合わせることが大切

わが合唱団のメンバーは約300名。各パートが数十名で歌うのだから、その人達の声を揃えることが大変。

 

「音が合ってない!」
先生の厳しい声が飛ぶ。各パート毎に同じ高さの声、同じ質の声がでないといけない。なんしろ数十人のパートの声を揃えるのだ。

 

「ここは、バスが上がってテノールと同じ音になるでしょう。バスはもう少し音を高めにとらないとテノールを同じ音にならないでしょ。ちゃんと譜を見て、テノールの音を聞きながら音を合わせなくちゃだめよ。同じ音になるところはちゃんと譜に印をつけておきなさい。アルトも音符は同じ音になっているでしょ。オクターヴ違うけど同じ音にならなくちゃだめよ」 

毎回、怒られるけどなかなか揃わない。合唱団の中のヴォイストレーニング集団「グループ響き」でも揃った声が出るように厳しい指導が続く。

 

「音が揃ってないのは合唱といわないのよ。そういうのは雑唱っていうの!」

ごもっともです。

 

ということで、ちょっぴりまじめになって歌うことに取り組んでみようと考えた最初の難関は音をよく聞かなければならないということだった。よい耳を持たない限り、よい声なんて出るはずがない。他人の声にしろ、自分の声にしろ正しい音にちゃんと合っているかどうか判断できなければ歌うということができないのだ

 

(2)合ってない音の程度、「不協和度」の測定

ところで、二つの音を聞いた時に、それらが合っているのと合っていないのとはどう違うのか。昔から人はそれを聞き分けて音楽を構築してきた。少し違った音を同時に聞いたらどう感じるだろうか。これについてさまざまな議論があるが、1965年に、これを定量的に実験し、それに基づいた議論を行った論文が発表されている。その中から二つの図を引用してみよう(出典:Radboud Repository of the Radboud University Nijmegen、原著:R. Plomp, W.J.M.: Levelt, J. Acoust. Soc. Am.,38, 548 (1965))。図中の文字は日本語になおした。

実験は20才前後の音楽家でない男性に発信器(前項図1A'のような)から出た2種の純音(倍音を含まない音)を同時に聞かせ、感じを7点法で報告させ、平均して0から1までの数値の協和度に変換したものである。協和性(consonant)は美しい(beautiful)、響きのよい、耳ざわりのよい(euphonious)音の感じで、不協和(dissonant)はそうではない感覚である。図1(論文中の図10)は、結果に最も合う曲線にしたもので、縦軸は協和度(不協和度は1から協和度を引いた値で、下方が高い)、横軸は2種の純音の振動数差を臨界帯域幅(次項で説明する)で割った値を示してある。この図は一般人が二つの音を同時に聞いた時、それらの音の振動数差がゼロ、即ち同じ音では不協和を感じないが、差が開くと急に不協和度が増し、耳障りな、響きのよくない音に感じられることを示している。

 

(3)耳の構造と「臨界帯域幅」

今まで「6.歌うということ(3) 音はどうやって聞こえるのか」と「8.歌うということ(4) 今までのおさらい」で耳の構造についてちょっとばかり述べた。それは歌うということは我々の体で音を出し、体で音を聞いているので、私が歌おうとするには、体の構造を知っていた方が役立つと思って勉強したのだ。

前項図4の一部を図2に示した。項6で述べたように内耳の中の基底膜に鼓膜の振動が伝えられる。基底膜の構造は入り口では振動数の小さい低音が、奥の方では振動数の大きい高音が共鳴し、共鳴した部分にある聴細胞(有毛細胞)が興奮して脳に音の刺激が伝えられる。しかし、基底膜は連続した膜なので、図2Aに示したように振動数f1の音に対して基底膜上に赤色で示したようにそれに対する固有振動数の前後の部分も振動する。そのため、図2Bのように、振動数が近いf1、f2の2音ではその2つをカバーする領域が振動してしまう。図2Cのように振動数の離れた音では異なる音として認識されるが、Bのように近い音ではそれぞれを分けて聞くことができない。こうして二つの音が区別できない範囲を臨界帯域幅(critical bandwidth)とよぶ。この値は基底膜の領域により異なり、基底膜を共鳴させる振動数によって2音を区別できない幅が異なるのだ。(2)で述べた実験ではさまざまな振動数について、その近くの音の不協和度を測定していて、それぞれの実験結果では振動数差に対する不協和度が異なる結果が得られたが、臨界帯幅に対する振動数差(図1の横軸)として表すと同じ曲線で表されるという結果だ。

 

(4)ビートとラフネス

図1の中で2音に差がないところから不協和度最大になるまでの傾斜のはじめの領域(f1とf2の差が10 Hz以下)とそれ以降では不協和(dissonance)といっても、その内容が異なる。

2音の差が小さい領域ではこの2音の差そのもの(振動数が小さい音)がうなり(ビート、beat)として聞こえる。うなりとは図3に振動数f(A)およびそれよし少し高い振動数f2(B)の二つの振動を模式的に示した。CはAとBを重ねて描いたものである。Dはfとf2の振動の和を描いたもので、二つの波が重なって強めたり、打ち消し合ったりして振幅が変化している。この振幅をなぞった線(包絡線)はf、f2よりもずっと低い振動数の波となっており、AとBに示した音を同時に聞くとDのような低い振動数の音、即ちうなりが聞こえるのである。ピアノを調律する際は音叉とピアノの弦を同時にならし、このうなりが少なくなるように弦の張りを調節するそうである。もっとも、最近は電子的な装置(電子チューナー)も使われる。

 

一方、f1とf2の差がもっと大きいが、臨界帯域幅の中にある場合は二つの音が区別して聞こえず、粗い、濁った音に聞こえ、これはラフネス(roughness)と呼ばれる。これが不協和の音の主たるもので、臨界帯域幅の25%程度で最大になる(図1)。

 

「音が合ってない! よく聞いて合わせないとだめですよ」
臨界帯域幅よりずれた音で歌っていると、先生のきびしい指摘がある。
 

「音が濁ってる。もっと声をそろえなさい。パートの中で幅があるのよ。ちゃんと揃えないとだめでしょ」
我々の歌は先生の耳にはラフネスとして響いている。周りの人の声を聞きながら、ぴったり合わせるように努力はしているつもりなのだが。

 

(5)倍音を伴う音を同時に鳴らすと

今まで述べてきたように、我々の周りにある音のほとんどは倍音を伴っている。上記の図1は少しずれた二つの純音を同時に聞いた時の違和感を不協和として測定したものである。これを基にして、二つの音に6個の倍音を付随させた場合の不協和度を振動数を変えて計算したものが図4(PlompとLeveltの論文中の図11)である。倍音同士のずれなども入るので複雑になる。図中の数字は二つの音の振動数の比である。

これで見ると、倍音がある普通の2音を同時に聞いた時、それらの振動数の比が小さい整数比の時にドツボにはまったような心地よい感じになることがわかる。これはヒトの耳の構造上の特性なのだ。低い音から高い音まで、音は連続して存在するが、ヒトはそれらのうち心地よく感じる組合せがあることに気付いたために、地域や民族を問わず、連続した音の中でいくつかの音のみを選択して用いてきたのだ。

 

これで、音楽の素養のない私の疑問、「なぜ音楽ではいくつかの音だけを使っているのだろうか」の一端が解決された。合唱団の一員としての私の課題は自分の声、他の人の声、伴奏の楽器の音に耳を傾けて自分の声がこのドツボにはまった心地よい感じを体得することだとあらためて納得。要するに先ず自分の耳を鍛えるしかない。
 

声同様、さまざまな音を出すことができるオーケストラの演奏者は、皆さん、このような協和する音を探して出して合わせているということもよくわかった。項7の中で書いた先生の厳しい注文「オーケストラの和音に合わせた和音で歌う」というのはこういうことなのだ。次項で触れるがピアノとオーケストラ楽器での音の違いなんて、合唱団に入るまで、全く知らなかったのである。

 

もっとも、音楽に何を求めるかで協和音、不協和音の取り扱いが異なる。西洋音楽は教会での祈りの歌から発展してきたと考えられる。ここでは音楽は完全性が求められ、清純な音が珍重されるので最も協和度の高い音の響きが求められたのであろう。しかし、上記の協和度の実験のところで述べたように音の響きは個人の感性の問題であり、協和度は安定感を示し、不協和度の方は悪い感じというより不安定感というべきであろう。したがって、わざと不安定な協和度の低い音から安定度の高い協和音に移行することで音楽が完結するという作り方ができるし、いらだち、悲しみなどヒトの不安定な感情は協和度の低い音を使って表現できる。

 

(6)ピタゴラスと鍛冶屋

中世イタリアの哲学者、政治家 ボエティウス(Anicius Manlius Torquatus Severinus Boethius)が表した音楽教程(De institutione musica)という本は、その後の西洋の音楽に大きな影響を与えたものであるが(文献:金澤正剛:中世音楽の精神史」(講談社選書メチエ126)、講談社(1998))、これには古代ギリシャの音楽論が敷衍されている。この中で鍛冶屋の前を偶然に通りかかったピタゴラス(古代ギリシャの発音ではピュタゴラス、Pythagoras)が何人かの職人が打っている槌の音が共鳴して快い協和音を発していて、使われていた5本の槌のうちの4本の重さが12:9:8:6であることに気付き、これが2:1、3:2、4:3の比であることを悟ったというエピソードが書かれているという。

このエピソードを示す絵としてガッフリウス(Franchinus Gaffurius (Gaffurio)、16世紀ルネッサンス期のイタリア作曲家・音楽理論家)の著書中の挿絵(図5、出典:Center for the History of Music Theory and Literature Jacobs School of Music Indiana University 、原著:Franchino Gaffurio,Theorica musicae 1492 (1480?))がよく引用される。この絵にはピタゴラスが鐘、グラス、弦、笛(それぞれ数字が描かれ絵ている)で音階を調べている絵に加えて左上に鍛冶屋の光景が描かれている(この図をクリックすると左上の部分が拡大される)。

さまざまな音律と呼ばれる音のセットは耳に心地よく響く音に基づいたものであろう。図4にある協和度のピークにあたる振動数の整数比は有名な純正律に含まれる。上記ののピタゴラスの音階(音律)と、古代中国の三分損益法による音律とが同じでどちらが古いかという話もあるが、上記のようにヒトの耳は小さい整数の比の振動数の音を心地よいと感じるようにできているので、各処で独立に音を選ぶということが起きたので起源を争うものではない。これら音律の話は合唱に関連するところのみ、次回「有理数の音楽と無理数の音楽」の項で簡単に触れることにする。

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10.歌うということ(6) 有理数の音楽と無理数の音楽 2011年7月7日

表題を見て、 数学は苦手! と敬遠してはいけない。歌を歌うには結構大事な話なのだから。

まず、数とは何か復習しておこう

 

有理数と無理数

自然数: 数のうち、1、2、3のように数えられる数を自然数と呼ぶ。(例:1、2、3、365)
整数: 自然数に0と負号(−)をつけた自然数を加えたもの整数という。(例:0,、1、2、3、-10、-365)
比と分数: 二つの数を比べる表現が分数である。1:2、2:3のような比はまた1/2、2/3のような分数(整数/自然数)で表すことができる。
有理数: 整数と分数を合わせて有理数(rational number)と呼ぶ。有理数は小数になおした時に割り切れる場合と、割り切れないが数の循環がある場合にわかれるが、無限に続く小数にはならない。
無理数: 比で表せない数無理数(irrational number)と呼ぶ。これは無限に続く小数となる。例えばπ = 3.14159 26535...や平方根\sqrt{2}=1.41421356\ldots など。
素数: 自然数のうち、1、2、3、5、7のようにそれ自身の数と1以外では割れない数を素数という。例えば4(=2×2=は2で割れる(約せる)し、6(=2×3)は2でも、3でも約せるから素数ではない。

 

無理数とは割り切れない無理な数として名付けられたのかと思っていたら、誤訳らしい。上記の有理数の元ととなった英語のrational比(ratio)の形容詞であり、rational numberとは比で表せる数の意味なので、が正しい訳に当たるようだ。当然無理数ではなくというべきである(出典:吉田武 著「虚数の情緒 中学生からの全方位独学法」 東海大学出版会 (2000))。

 

(1)音を選んで音楽ができる

前回の(6)でピタゴラスが鍛冶屋の槌の重さで協和音を発見したと述べたが、槌の重さの比で槌の出す協和音程の振動数の比はあらわされないことは後に示された。前回の図5の鍛冶屋の図にはピタゴラスでなくユバル(音楽の始祖)と描かれていたのは、それが伝説だとわかっていたからであろう。実際にはピタゴラスは弦の長さ×音の振動数が一定である(弦長と振動数が逆比例)ことを用いて音の高さや協和度について調べた。

図1に弦の長さとそれをはじいた時の音の関係を示した。図1Aの弦の長さを1としてBの長さ1/2では振動数はAの2倍、Cの1/4の長さの弦では振動数が4倍になる。これらA、B、Cでは整数倍の振動数の倍音を持ち、これらがすべて重なるので、同じ音のように聞こえ(絶対協和)、オクターヴという概念ができた。人の耳には振動数の比が差として聞こえるので、オクターヴ毎に音が繰り返しているような感覚が生じる。弦の長さを基準のAから2/3、3/4のように調節すると振動数の比が2:3、3:4のような音が出るが、これは前項図4に示したように基準の音Aと同時に聞いた際に快く感じる音である。

 

 

倍音は基音の整数倍の音であるから、このように振動数が整数比の2音を同時に聞いた時、これらでは倍音の重なりが多いので不快感が少ないのである。大きい整数からなる比の音では、人の耳に聞こえる音の範囲(可聴振動数)での倍音の重なりが少ないので協和し難いいのである。そこで、ある音を決めるとその音を基準にしてオクターヴ内で、基準音より高い整数比になる音を選ぶと心地よい音の並びができる。これが音階の始まりである。こうして1オクターヴ内に5個、7個あるいは12個などの音を定めたのが音律と呼ばれるものである。ここでは音律については多くは触れない。世の中には多くの種類の音律があり、それらを議論した文献は極めて多い。かこみ欄内に文献の幾つかをあげておくので、参照されたい。

 

(2)有理数の音楽

ピタゴラス音律:ピタゴラスは振動数比が3/22:3)という最も協和度の高い音を基準として、順次振動数比が3/2の音を得て、オクターヴ内の音階を定めた(その音がオクターヴを越す場合は、その音のオクターヴ下、即ち、弦であれば2倍(振動数では1/2)にすればオクターヴ内に収まる)。この音の並びをピタゴラス音律という。そうして作られた音階の一つ(長音階)を以下に挙げておく(表1)。基準音を1として低い音から順に並べ番号を振ると1から7までの7音がオクターヴ内に含まれ、1オクターヴ上の音は8番目になる。基準音から2番目の音との隔たり(音程)を2度(second interval)、3番目の音との隔たりを3度(third interval)、4番目の音との隔たりを4度(fourth interval)、5番目の音との隔たりを5度(fifth interval)、のように呼ぶ。これらの各音の音程は均一ではなく、違いが大きい音程を全音、小さいものを半音とよぶ。音の順を示すために、基準の音の名をドと呼び、順にレ、ミ、ファ、ソ、ラ、シと名付ける(階名)。

 

 

純正律:ピタゴラス音律では振動数比3/2にこだわったため、重要な和音であるド-ミ-ソのミの音(3度)が振動数比81/64と協和度の低い音になる。そこで、この音に近い5/4の協和音に変えて、ラ、シも協和度の高い小さい数の整数比で作った音階が純正律である。

純正律では図2(サイト:mc taichi Sound Natural内の図を基に作成した)のように音が選ばれる。
@基準音(ド/C)の2倍(1:2)の整数比の音、オクターヴ上のド/Cを作る。
A基準音(ド/C)から整数比2:3上のソ/G(基準音から5度上)を作り、オクターヴ上のド/Cから整数比2:3下のファ/F(基準音から4度上)を作る。ここまでの操作はピタゴラス律と同じで、ピタゴラス律ではこの整数比を重ねて各音を定める。
B基準音(ド/C)から整数比4:5上のミ/E、ファ/Fから整数比4:5上のラ/Aを定める。ピタゴラス律では用いない素数5を含む整数比を用いることがピタゴラス律と基本的な差である

これらの操作から他の音が定まる。
ファ/F〜ソ/G間の整数比8:9(大全音)、ミ/E〜ファ/F間の整数比15:16(半音)、ソ/G〜ラ/Aの整数比9:10(小全音)が自動的に定まる。
これによりレ/D、シ/Bが定められ、純正律の7音が決定される。

 

 

こうして、3度の音を整数比5/4にとることにより、長調で最も用いられるド-ミ-ソの和音、ファ-ラ-ドの和音、ソ-シ-レの和音がそれぞれ4:5:6の周波数比となり心地よく協和する和音が得られる。以下に長調の純正律音階を挙げておく(表2)。上記のように純正律では2種類の全音、即ち振動数比9/8の大全音振動数比10/9の小全音ができてしまう。ピタゴラス音律の全音は純正律の大全音(振動数比9/8)にあたる。純正律の半音の振動数比は16/15で、ピタゴラス音律の半音は256/243である。

この純正律には振動数の比の約数に5までの素数(1、2、3、5)のみが含まれるので5-limit純正律とも呼ばれる。上記のピタゴラス音律には振動数の比の約数に3までの素数(1、2、3)のみが含まれるので3-limit純正律と呼ばれることもある。

 

 

五音音階:西洋音楽では上記のように1オクターヴに7音を置くのが通常であるが、他の國には1オクターヴを5音で構成する音律がある。我が国では俗にヨナ抜き音階と呼ばれる上記の表の4番目、7番目の音を抜いた五音音階が明治以前の童謡や民謡に使われている。ミ-ファやシ-ドのような狭い音程(半音)を嫌ったのかもしれない。

いずれにしても、協和する音を得るには整数の振動数比である、即ち有理数で音の並びを作ることが必要なので、これらは有理数の音楽と言える。

 

(3)無理数の音楽

上記のように心地よい音(協和音)を選んで音楽を作る音階が完成して、万々歳のように見えるが、音楽が発達してくると大問題が発生する。上記のように最初の基準音を決めて音階設定して音楽を作り、演奏するには問題がない。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロのようなヴァイオリン属の弦楽器は4本の弦を開放弦(指で弦を押さえない)で音を合わせる時は5度の音程で行う。ヴィオラ・ダ・ガンバという異なる楽器の系統であるコントラバスは5弦を4度の音程で調弦する。したがって、弦楽器ではピタゴラス音律に基づく音程が自然である。また、管楽器の音の基本は自然倍音で構成される。したがって、純正律に基づく音程が自然である。したがって管弦楽では基本として純正律や、それに関連した音律で演奏するとよい演奏が行える。

 

ところがピアノのような鍵盤楽器では最初の基準音を勝手に決めて次々に音を決めることが不可能である。ピタゴラス音律や純正律ではピアノの各キーに当たる音が均等ではないので、ある基準音を決めて音を各キーに割り当てたら、その基準音に基づく音階でしか演奏できない。ピタゴラス音律や純正律では3や5の数を振動数比に含むので、これ同士を掛け合わせてもオクターヴである2の倍数と同じ数にはならないので、もともとオクターヴにおさめるのは無理な話なのである。

そこで、上記の音律のように心地よい協和音で音階を作ることを無視して、1オクターヴの間を均一に分けてしまおうとする音律が考えられた。ピタゴラス音律や純正律には全音と半音がある。これらを考えると1オクターヴを12音(12半音)で構成するのが比較的問題が少ない。そこで、1オクターヴを12等分するのが合理的と考えられる。1オクターヴは振動数が2倍の範囲であるから、半音の振動数比を12回掛け算して2倍になるようにすればよい。

半音の振動数比を とすると、これを12回掛けると2となる。この数は比で表すことができないので、無理数である。したがって、この数を使って音を決めると、どんな音でも整数比の振動数にはならない。つまり、はなから協和音を作ることをあきらめ、協和音に近い音で満足しようとする音律である。このようにして定めた音律を平均律(12平均律)といい、ピアノのような鍵盤楽器はほとんどの場合平均律で調律されている。オクターヴ内を均等に分けているので、ピタゴラス音律や純正律とは異なり、全音は2個の半音を足したものとなる。

 

今まで述べたいくつかの音律それぞれでは音の高さが異なる。人の耳には音の高さは振動数ではなく、その対数(掛け算を足し算、割り算を引き算にする数学操作)で感じる。上述のようにオクターヴは2倍の振動数比をもつ音の高さであるが、耳にはどのオクターヴ間の音も同じ間隔で並んでいるように聞こえる。そこで、1オクターヴの間の音を比較するには1オクターヴ間の細かい目盛りを定めておくと便利である。そこで1オクターヴの1/1200を1セント(平均律では1オクターヴが12半音であるから、平均律の1半音=100セント)という単位が提唱された。この細かい単位で今まで述べてきた音の耳に聞こえる高さを比較することができる。

 

表3は平均律、ピタゴラス律、純正律におけるそれぞれの音を比較したものである。平均律でのファおよびソは他の音律での音とほぼ同じであることがわかる。素人にはこの違いは識別困難であろう。しかし、それ以外の音では音律によりかなり違いがあり、聞き分けられる。

 

表3
音番号 1 2 3 4 5 6 7 8

音律

ド/C

レ/D

ミ/

ファ/F

ソ/G

ラ/A

シ/

ド/C

  セント 振動数比 セント 振動数比 セント 振動数比 セント 振動数比 セント 振動数比 セント 振動数比 セント 振動数比 セント 振動数比

平均律

1

-

200

-

400

-

500

-

700

-

900

-

1100

-

1200

-

ピタゴラス律

1
(0)

1/1

204
(+4)

9/8

 408
(+8)

81/64

498
(-2)

4/3

702
(+2)

3/2

906
(+6)

27/16

1110
(+10)

243/128

1200
(0)

2/1

純正律

1
(0)

1/1

204
(+4)

9/8

386
(-14)

5/4

498
(-2)

4/3

702
(+2)

3/2

884
(-16)

5/3

1088
(-12)

15/8

1200
(0)

2/1

 

ピアノは通常この平均律で調律されている。しかし、ここに定義されているオクターヴ間を1200等分して定められた値にぴったり合わせているのではないらしい。O.L.Railsback (1938)は調律したばかりのピアノのそれぞれの弦の実際の音と平均律の音との差を調べた。この結果を図3(J. Sundberg:The “Scale” of Musical Instruments 中の図2を基に描いた)に載せた。これはRailsback curveとか調律曲線と呼ばれており、高音領域と、低音領域では平均律からかなりずれた音で調律されていることがわかる。これはピアノの弦が固いため、弦の剛性と張力 により倍音が整数倍からずれるので調律する場合、厳密な平均律の音の高さではなく、倍音のずれによるビートを少なくするように音を調整するためといわれる。

 

 

(4)R60の合唱団で...

歌なんて歌ったことがない私が数年前R60の合唱団「ムジカおさらぎ」に入団した頃は、最初の方に書いたように

<「もっと声を高めに」って言われても「えっ?」っどうすればいいの?>

という状態で、音楽に縁遠い人間には先生の言われることはチンプンカンプンであったが、すこしばかり勉強してみて、やっとこさ、わかりかけてきた。

 

音楽ではピアノの音が最も大切であると信じてきたがそうでもないらしい。とくに合唱の場合は各パートの音が合わなければいけない(ゆり先生の曰く:音が合ってないのは合唱でなくて雑唱なのよ)。合唱団の発声練習の集まりである”グループ「響き」”で佐藤先生の息子さん、望先生が基音のドを、お嬢さん、ななえさんが5度上のソの音を出して、先生が3度のミを協和するように歌われたことがあった。つまり、先生が求めておられるのはピアノに忠実な音ではなく、他のパートの音を聞きながら、なるべく協和する音を出す重要性なのだということが、今まで書いてきたような私の拙い勉強でおぼろげながらわかってきた。佐藤先生はア・カペラで宗教曲を主なレパートリーとする合唱団「ムジコマーニ・ストナート」も指導されておられるので、音の協和にはことのほか気を遣われる。

「ムジカおさらぎ」の演奏会ではオーケストラ伴奏で歌う。したがって、ピアノ伴奏のみで歌っていた頃と比べて、オーケストラの演奏と合う声を出すことが要求されるが、やっと、その意味がわかってきた。

 

ピアノの調律でのRailsback curveについて述べたのは、理想的な音律に基づく音と異なり、楽器など現実に音を出すものでは単純な整数倍の自然倍音からずれた倍音を出すものもあることを示したかったからである。管楽器、弦楽器、鍵盤楽器に比べて、人の声はかなり自由に音程、強さ、音色などを変えることができる。ここに声楽の楽しさと難しさがある。したがって、音律の数字に気をとられることなく、快い音を出す楽器としての人の声を磨くことが「歌うということ」では大切だということが理解できるようになった。

 

純正律で歌うことをテーマとする合唱団もあるが、全ての歌を純正律で歌うことは不可能であるのは、上記のことでよくわかる。純正律やピタゴラス律にこだわることではなく、要するに合唱に必要なのは


     @同じパートのメンバーの声をそろえて、9項図1のようなビートやラフネスのない声で美しく歌うこと
     A他のパートの声に耳を傾け、お互いの声の倍音の重なりの多い声で他のパートとハモること


が最低の条件である。そのため、音(声)をよく聞き、耳を鍛えることが必要だという当たり前のことが、”グループ「響き」”で勉強して、すこしばかり習得したことである。音程2度という隣り合った音同士なんて不協和音だから嫌な音と思っていたが、なるべく倍音の重なりが多くなるように声を上下することで、ハモれることもわかった。とは言っても、音痴気味の私にとって耳を鍛えるというのはきわめてハードルが高いことである。いつになったらよい合唱団メンバーとして認められるのやら・・・・・

 

音律ファンのための余計なお世話

<@ 12平均律、ピタゴラス律、純正律における音の比較表>

 上記に述べた以外の音についても各音律での比較値を示した。音は高い音から低い音への順で示していある。
 表中赤字平均律の値である。ピタゴラス律における4桁数以上の比をもつ音は不協和度が高いので省略した。
 各音律における音程はセントで示した。ピタゴラス律、純正律のセントの欄の()内の数値はその属する音程の平均律のセント値との差を示す。
 ピッチは基準音ド(C)に対する振動数比を小数に変換した値で、基準音ド(C)の振動数を定め、それにこの値を掛ければ各音の振動数が求められる。

  階名欄中の略字(ET:12平均律; 3L:ピタゴラス律 (3-limit純正律); 5L:5-limit純正律)

協和音程

ド(C)との間の
音程

階名

12平均律

ピタゴラス律 (3-limit純正律)

5-limit純正律

セント

ピッチ

ド(C)以外での以下の数値は全て無理数(無数)である

セント
(ETとの差)

振動数比
(ピッチ)

以下の数値は全て有理数(有
数)である

セント
(ETとの差)

振動数比
(ピッチ)


以下の数値は全て有理数(有
数)である

絶対

完全8度/
オクターヴ

ド/C
(ET/3L/5L)

1200

2

1200
(0)

2/1
(2.0)

1200
(0)

2/1
(2.0)

不協和

長7度

シ/B
(3L)

 

 

1110
(+10)

243/128 (1.89843)

 

 

不協和

長7度

シ/B
(ET)

1100

1.8877

 

 

 

 

不協和

長7度

シ/B
(5L)

 

 

 

 

1088
(-12)

15/8
(1.875)

不協和

短7度

シ♭/B♭
(5L)

 

 

 

 

1018
(+18)

9/5
(1.8)

不協和

短7度

シ♭/ラ#/A#/B♭
(ET)

1000

1.7818

 

 

 

 

不協和

短7度

シ♭ /B♭
(3L/5L)

 

 

996
(-4)

16/9
(1.77777)

996
(-4)

16/9
(1.7777)

中庸

長6度

ラ/A
(3L)

 

 

906
(+6)

27/16
(1.6875)

 

 

中庸

長6度

ラ/A
(ET)

900

1.6818

 

 

 

 

中庸

長6度

ラ/A
(5L)

 

 

 

 

884
(-16)

5/3
(1.6666)

不完全

短6度

ラ♭/A♭
(5L)

 

 

 

 

814
(+14)

8/5
(1.6)

不完全

短6度

ソ#/ラ♭/G#/A♭
(ET)

800

1.5874

 

 

 

 

不完全

短6度

ラ♭/A♭
(3L)

 

 

792
(-8)

128/81
(1.58024)

 

 

完全

完全5度

ソ/G
(3L/5L)

 

 

702
(+2)

3/2
(1.5)

702
(+2)

3/2
(1.5)

完全

完全5度

ソ/G
(ET)

700

1.4983

 

 

 

 

不協和

減5度

ソ♭/G♭
(5L)

 

 

 

 

610
(+10)

64/45
(1.42222)

不協和

増4度/
減5度

ファ#/ソ♭/F#/G♭
(ET)

600

1.4142

 

 

 

 

不協和

増4度

ファ#/F#
(5L)

 

 

 

 

590
(-10)

45/32
(1.40625)

完全

完全4度

ファ/F
(ET)

500

1.3348

 

 

 

 

完全

完全4度

ファ/F
(3L/5L)

 

 

498
(-2)

4/3
(1.33333)

498
(-2)

4/3
(1.33333)

中庸

長3度

ミ/E
(3L)

 

 

408
(+8)

81/64
(1.26562)

 

 

中庸

長3度

ミ/E
(ET)

400

1.2599

 

 

 

 

中庸

長3度

ミ/E
(5L)

 

 

 

 

386
(-14)

5/4
(1.25)

不完全

短3度

ミ♭/E♭
(5L)

 

 

 

 

316
(+16)

6/5
(1.2)

不完全

短3度

レ#/ミ♭/D#/E♭ (ET)

300

1.1892

 

 

 

 

不完全

短3度

ミ♭/E♭
(3L)

 

 

294
(-6)

32/27
(1.18518)

 

 

不協和

長2度/トノス

レ/D
(3L/5L)

 

 

204
(+4)

9/8
(1.125)

204
(+4)

9/8
(1.125)

不協和

長2度

レ/D
(ET)

200

1.1225

 

 

 

 

不協和

短2度/
リンマ/
全音階的半音/
ダイアトニック半音

ド#/C#
(5L)

 

 

 

 

112
(+12)

16/15
(1.06666)

不協和

短2度

ド#/レ♭/C#/D♭
(ET)

100

1.0595

 

 

 

 

不協和

短2度/
リンマ/
全音階的半音/
ダイアトニック半音

レ♭/D♭
(3L)

 

 

90
(-10)

256/243
(1.05349)

 

 

不協和

増一度/
半音階的半音/
クロマティック半音

ド#/C#
(5L)

 

 

 

 

71
(-29)

25/24
()

絶対

完全1度/
ユニゾン

ド/C(基準音)
(ET/3L/5L)

0

1

0

1

0

1

 

<A 音律に関するいくつかの文献>

 (1)音律と音階の科学 : ドレミ…はどのようにして生まれたか(ブルーバックス ; B-1567) 小方厚 著 講談社(2007)
 (2)響きの考古学 : 音律の世界史(はじめて音楽と出会う本) 藤枝守 著 音楽之友社(1998)
 (3)ゼロ・ビートの再発見 本篇 「平均律」への疑問と「古典音律」をめぐって 平島達司 著 東京音楽社(1983)復刻版((株)ショパン)あり

 (4)ゼロ・ビートの再発見 技法篇 「古典音律」の解釈と実践のテクニック 平島達司 著 東京音楽社(1983)復刻版((株)ショパン)あり
 また、上記の「虚数の情緒 中学生からの全方位独学法 吉田武 著 東海大学出版会(2000)」の第4章第7節「数を聴く・音を数える」も大変参考になる。

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11.映画音楽特集(1)第24回定期演奏会に向けて 2011年7月14日

4月に定期演奏会を終えて、はや、3ヶ月近く経つ。来年の演奏会に向けてすでに練習が始まっている。定期演奏会は3部構成で、第2ステージのオーケストラメンバーによるアンサンブルを挟んで第1ステージと第3ステージが我らR60合唱団メンバーが受け持つ舞台だ。全体の構成が整うのはまだまだ先のことだが、指導者佐藤ゆり先生の腹案では第1ステージでは映画音楽が取り上げられるらしい。既に「慕情」と「雨に唄えば」の練習に入った。

そこで、現在練習している曲の中でYouTubeの画像があるものを紹介しよう。

 

「慕情」 原題:Love Is a Many Splendored Thing (恋はすばらしきもの)

映画『慕情』(1955年)の主題歌。
作詞:ポール・フランシシス・ウェブスター(Paul Francis Webster)、作曲:サミー・フェイン(Sammy Fain)。

 

舞台は朝鮮戦争(1950年)が起きる直前の香港。女医スーイン Han Suyin、韓素音(ジェニファー・ジョーンズ Jennifer Jones)は国府軍の軍人だった夫が戦死して以来、香港の大病院に勤務していた。病院の理事長宅でのカクテル・パーティで、スーインはテーブルに置き忘れた扇と手袋を見付け、手渡してくれた米国人の新聞記者、マーク・エリオット Mark Elliot(ウィリアム・ホールデン William Holden)と知り合った。マークにはシンガポールに妻がおり、すでに愛し合っていないのにもかかわらず、離婚を拒み、別れようとしない。 スーインは「結婚は問題ではない。私たちの愛こそ大切」とマークにすべてをゆだね、二人は病院の裏のビクトリア港を見下ろす丘で逢う瀬を重ねる。

マークがマカオに出張すると、スーインは理事長の反対を押しきってマカオに向かった。しかし、朝鮮戦争が勃発し、マークは朝鮮半島に取材に行くことになった。理事長にさからってマカオに行ったことから、スーインは病院に勤められなくなり、友達のノラの家に寄寓していた。

ある日マークは共産軍の爆撃で帰らぬ人となった。新聞でそれを知ったスーインは、スーインは一人よろめくようにしてマークと楽しい時を過ごした思い出の丘に登り、マークの幻を追って涙を流し続ける。「死のう」、その思いを押し止めたのは、マークがスーインに繰り返し語った理想の言葉「僕の分も長く、幸せな一生を送って欲しい。僕との真実の愛を、医学を通じてたくさんの人に広めて欲しい」だった。スーインは再び病院に戻り、医術に全生涯を捧げようと決心するのだった。

 

300名の高齢者の合唱で、どのくらいこの叙情的な曲を歌い上げられるだろうか。
この場面を目に浮かべながら練習しよう。

 

以下の映画抜粋(日本語字幕)のラスト・シーンにコーラスが流れる


 

以下の写真をクリックするとアンディ・ウィリアムス(Andy Williams)の歌声と
歌詞と映画画像との合成動画のYoutubeサイトにリンクする

 

監督:

ヘンリー・キング / Henry King

撮影:

レオン・シャムロイ / Leon Shamroy

製作:

バディ・アドラー / Buddy Adler

音楽:

アルフレッド・ニューマン / Alfred Newman

原作:

ハン・スーイン / Han Suyin

テーマ音楽:

サミー・フェイン / Sammy Fain

脚色:

ジョン・パトリック / John Patrick

   

 

「雨に唄えば」 原題:Singin' in the Rain

作詞:アーサー・フリード(Arthur Freed)、作曲:ナシオ・ハーブ・ブラウン(Nacio Herb Brown)によるポピュラーソング。

 

この歌を主題歌として同名のミュージカル映画(1952年)『雨に唄えば』 (Singin' in the Rain)が作られた。この映画で使われた曲のほとんどは既に歌われたもので、それらに合う脚本が作られた。歌『雨に唄えば』は既に2度も映画で使われていたので、ジーン・ケリーは難色を示し、さらに、唄の出だしに悩むが、共同プロデューサーのロジャー・エデンス(Roger Edens)が提案した“ドゥディドゥドゥードゥディドゥドゥ、Doo-dloo-doo-doo-doo”から始めることで問題は解決し、ミュージカル 画史上最も有名なシーンが完成する。

映画のストーリーはサイレント映画からトーキーへと移行を始めた1920年代末のハリウッド映画界が舞台で、俳優ドン・ロックウッドDon Lockwood(ジーン・ケリーGene Kelly)と大女優リナ・ラモントLina Lamont(ジーン・ヘイゲンJean Hagen)はドル箱の映画スターで、恋仲だと噂されていたが、リナの方がドンの恋人だと決めてかかっているだけであった。一方、ドンは駆け出し女優キャシー・セルデンKathy Selden(デビー・レイノルズDebbie Reynolds)と恋仲になる。トーキーの波に押されて、制作中のドンとリナのサイレント映画が無理矢理トーキー化されるが、、トーキーのノウハウを知らないい上、リナが悪声であったために映画の試写会は散散な結果に終わる。しかし、ドンの親友コズモ・ブラウンCosmoBrown(ドナルド・オコナーDonald O'Connor)の提案でリナの声をケーシーの声に吹きかえて切り抜けた。ドンとコズモ、キャシーの三人はこの映画をミュージカルに作り替えることとした。紆余曲折の上、リナは失脚し、ケーシーが新しいスターとして迎えられた。

ジーン・ケリーが恋人キャシーの家から帰る時、土砂降りの雨の中で、歌いながらタップダンスを踊る場面は、ストーリーにも、歌詞の内容にも直接の関係はないが、映画史に残る名場面である。ちなみに、彼はこのシーンの撮影後、水に濡れながらの撮影がたたり風邪をひいてしまったという。

この絶妙なタップダンスを彷彿とさせる歌い振りでお客さんの喝采を浴びたい。とくに男性陣、努力を!

 

埋め込み不可のため以下の写真をクリックするとYoutubeサイトにリンクする

監督:

ジーン・ケリー / Gene Kelly および
スタンリー・ドーネン / Stanley Donen 

撮影:

ハロルド・ロッソン / Harold Rosson

製作:

アーサー・フリード / Arthur Freed

音楽:

レニー・ヘイトン / Lennie Hayton

脚本:

アドルフ・グリーン / Adolph Green および
ベティ・コムデン / Betty Comden 

作曲:
作詞:

ナシオ・ハーブ・ブラウン /Nacio Herb Brown
アーサー・フリード /Arthur Freed

 

ムーン・リバー」 原題:Moon River

映画『ティファニーで朝食を』Breakfast at Tiffany's (1961年)の主題歌。
作詞:ジョニー・マーサー(Johnny Mercer)、作曲:ヘンリー・マンシーニ(Henry Mancini)。

 

映画(原作)の題名は“ニューヨーク五番街のティファニー宝石店(実際にはレスランはない)で朝食を食べるセレブなご身分”という意味から。映画の冒頭で、ジバンシーのブラック・イブニングに身を包み、ネックレスとサングラスでお洒落をしたオードリー・ヘップバーン演じる主人公がタクシーを下り、ティファニーの前で、ショーウィンドウの中の宝石を覗き見ながら、立ったままデニッシュをほおばり、コーヒーを飲むシーンはこれに引っかけてある。

舞台はニューヨークのアパートメント。ホリー・ゴライトリー Holly Golightly(オードリー・ヘップバーン Audrey Hepburn)は金持ち相手の高級コールガールで“上記題名”のような暮らしをするのが夢。アパートの自宅に多くの金持ちを呼び込んでパーティーを開くなど周囲を顧みない。ある日、アパートにポール・バージャク Paul Varjak(ジョージ・ペパード George Peppard)という青年が越してきた。作家志望だが、パトロンの女にこのアパートに囲われているのが現実。タイプライターを叩いていたポールは歌声にひかれて窓を開けると、ホリーがアパートの自分の部屋の窓辺に座って、部屋着に 素足で、頭にはタオルを巻いた姿で、ギターを弾きながら歌っている。出合ってまだまもないポールは自室の窓から眺めて聞き入る。歌い終えたホリーは、ポールに気付いてニッコリ微笑む(以下にこのシーンの動画をYoutubeから引用する)。

その後色々すったもんだの末、ホリーは結局あれ程こだわっていた玉の輿の夢を捨てて、名も無く貧しい小説家のポールとの本当の愛を選び、2人は結ばれる。

年寄り300名でオードリー・ヘップバーンの洒落た感じを醸し出すのにはどうしたらいいだろうか!!

 

埋め込み不可のため以下の写真をクリックするとYoutubeサイトにリンクする

 

監督:

ブレイク・エドワーズ / Blake Edwards

撮影:

フランツ・プラナー / Franz F. Planer および
フィリップ・H・ラスロップ / Philip H. Lathrop

製作:

マーティン・ジュロー  / Martin Jurow および
リチャード・シェファード / Richard Shepherd

音楽:

ヘンリー・マンシーニ / Henry Mancini

原作:

トルーマン・カポーティ  / Truman Capote

作曲:
作詞:

ヘンリー・マンシーニ / Henry Mancini
 ジョニー・マーサー / Johnny Mercer

脚本:

ジョージ・アクセルロッド / George Axelrod

 

 

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12.歌うということ(7) 人の声・楽器の音 2011年8月11日

R60の合唱団「ムジカおさらぎ」や、そのヴォイストレーニンググループ「響き」に参加してかなり経つが、その間、佐藤ゆり先生や望先生に繰り返し、繰り返し言われることがある。

 

○いつも声は上向きにして明るい声を出しなさい

○高くなる音程の時は反対にものが下がるようにしないと喉がしまってしまってだめ。低くなる音程の時は何かが上がるようにしないと下向きの声になってしまうからだめ

○伴奏の音や、他の人の声を聞いて、同じ高さの声を、それに添わせるように出すように

○音を伸ばしているとだんだん低くなるから、むしろ音を高くするつもりで歌いなさい

○ハミングで歌い、そのときの鼻に抜ける感じを覚えて、それを保ったままで声を出しなさい

○喉声で歌ってはだめ。眉をつり上げるようにして、頭を広げるようにして声を出しなさい

○あくびをした時のような口と喉の形で声を出しなさい

○オーケストラの音の上に乗る声を出して、舞台の後ろまで届くようにしなさい

などなど

 

声楽にあまり縁がなく、歌と言えば寮歌や軍歌しか知らない私にとって、音楽文化の中に浸っている方々が普通に使われる言葉もなかなか感覚を共有できない。そこで、理詰めで行くしかないので、先生に言われたことを「音とは何か」ということから勉強しなおした。その一部を今まで数回にわたって述べてきた。

そこで学んだのは、例えば図1aのドの音が鳴っていてる時、譜面上1つの音しか書かれていないが、物理現象の音としては図1bのように、その音の整数倍の振動数の音(倍音)が一緒に鳴っている。我々の脳はこれを図1aに書かれているドの音として認識している。図1bの基音と倍音のうち、図1cのように基音を除き倍音のみを鳴らすと、我々の耳には基音が聞こえ、図1aのように認識する。このように我々が認識しているのは、物理的な音ではなく耳から入った音が神経刺激として脳に送られ、そこでさまざまに加工されたなのである。音源で発生したそれぞれの倍音は共鳴により増幅や減衰がおこる。また、われわれが音色として認識しているのもこの倍音が大いに関係している。

 

先生もよく倍音の大切さを話されるが、こうして勉強してみると、その意味が少しわかってきた。世の中にはいろんな高さの音があるのになぜドレミ・・のような特定の音が音楽で使われるのか。それは倍音の重なりが多い音同士が響き合って協和するから選ばれているのだということも理解できた。

「ムジカおさらぎ」の楽典講座で、平均律と純正律の違いなどを習ったが、先生はいちいちここは純正律で歌えとはおっしゃらない。ピアノなど今の音楽の基本の音律は平均律である。したがって、基本は平均律で音をとるが、音を合わせる時は、それらの音の倍音の重なりがなるべく多くなるように音を少し調整しなさいということが先生の指導なのだということもやっと理解できるようになった。

純正律のみで歌うのが必要なのではなく、なるべく倍音の重なりが大きくなる音を耳で感じて声として出すことや、純正律で和音を作っているオーケストラの音に合わせ、それらの音と倍音の重なりの多い声で歌うことが合唱には必要であり、そのためには耳をよく訓練して倍音がよく重なる音を聞き分けられないといけない。これが発声グループ「響き」で学習したことだ。

 

おかげで声や音を聞く力が少しずつついてきた。オーケストラの定期演奏会を長年聞きに行っているが、各パートの音が前よりよくわかるようになったし、バスパートに所属しているせいか、チェロや、コントラバスなどの低音の音色により一層耳を傾けるようになった。ところが、困ったことに耳が次第によくなると自分の出している声が、歌うための声ではないということに気付かされる。声なんて、赤ん坊の時から出し続けているし、軍歌や寮歌だってちゃんと歌えるのだから、合唱団に入っても問題ないと思っていたのが、とんでもないということにあらためて気付かされた。

 

そこで、次に、歌うための声とは何なのかを勉強し始めた。倍音などが理解しやすいので、今まではについて勉強したが、声について考えるには管楽器の方が近いであろう。図2は金管楽器と人間の発声器官との比較の概略を示した図である(出典:吉川茂著:「ピアノの音色はタッチで変わるか−楽器の中の物理学」、日経サイエンス社 (1997) 図4.1。一部改変)。

図2aの唇や図2bの声帯は矢印で示したように前後と上下の2次元運動をするため唇や声帯で音程を変えることができる類似点がある。金管楽器は円筒と円錐を組み合わせた形状の共鳴器で鋭い共鳴特性をもち、ベルの大きく開いた形状が金管楽器らしい音の大きさと音色をもたらしている。一方、人間の場合、声道は筋肉など柔らかい組織で囲まれ、形が複雑に変化し、鼻腔や口腔などの柔らかい空洞につながっているため管楽器のような鋭い共鳴特性をもたない。声道共鳴の弱さが発声の自由度をもたらしている(引用:上記図2の出典)。

 

 

大きさの異なる3種の金管楽器、トランペット、トロンボーン、チューバ(図3上部の左、中央、右に図示した)をメゾフォルテで吹奏した時の定常状態でのスペクトル・エンベロープ(スペクトル包絡線、個々のスペクトルの先端を結んだなめらかな線)を図3に示した(出典:N.H.フレッチャー、T.D.ロッシング著、岸憲史、久保田秀美、吉川茂訳 「楽器の物理学」、 シュプリンガー・フェアラーク東京 (2002)  図14.1;原著:D. Luce and M. Clark:, J. Acoust. Soc. Am., 42,:1232, (1967) 、図の上部に楽器の図を加えた)。横軸はそれぞれの楽器に応じた振動数域に合わせてあるが、原理的に同じ楽器で音源も、共鳴器の構造も似ていると、全体の振動数のスペクトルが類似するのがわかる。

 

 

金管楽器では円錐形の物体を挿入してベルを部分的に閉じるミュート(弱音器、mute)がよく使われる。図4の上部にトランペットにプラスチック製の透明ストレート・ミュートを挿入したところを示した。ミュートは音を小さくすることが元々の目的であるが、音が小さくなる度合いが振動数により異なるので、むしろ音色を変化させるために使われ、さまざまな形状のものが作られている。図4下部のミュート断面図は図3の出典の書籍の図14.12からとったものであるが、それらに対応するミュートの図をカタログから集めたものを中段に示してある(a:ストレート・ミュート、b:ソロトーン・ミュート、c:ハーモン・ミュート(ハーマン・ミュート、ワウワウ・ミュート)、d:カップ・ミュート)。

 

 

これらトランペット用ミュートの多くは同類の金管楽器コルネットでも用いられる。Ancellがこれらミュートををつけて吹奏したコルネットのスペクトル・エンベロープを測定した結果を図5に示した(出典は図3と同じ、図14.13;原著:J. E. Ancell, J. Acoust. Soc. Am. 32, 1101 (1960))。これを見ると同一楽器でありながら、ミュートにより著しく振動数特性が異なる。即ち、音源が同じでも、共鳴器の形が変わるとこんなに音色が変わるのだ。

 

 

人間の声は上で述べたように共鳴器にあたる声道、口腔、鼻腔が複雑で、音源である声帯での発声が同一でも共鳴音がかなり異なる可能性がある。

 

オーケストラと通常発話について長時間(数分間)での平均振動数スペクトルを測定するとオーケストラの音の最も強い部分音は450Hz(0.45kHz)付近に現れ、人間の話し声でもほぼ同じような振動数スペクトルをもつ。男性歌手がオーケストラととも歌った場合はこれらと異なり、3kHz近傍に強いスペクトルが現れる(引用:ヨハン・スンドベリ著、榊原健一監訳、伊藤みか、小西知子、林 良子訳、「歌声の科学」、東京電機大学出版局 (2007))。

これを示したのが図6である(出典:同書、図5.22;原著:J.Sundberg:Report of the 11th Congress of the International Musicological Society II, Copenhagen ,p.679 (1972))。

この領域ではオーケストラの音成分は小さく、3kHz付近に強い部分音を持つように歌う歌手はこの振動数領域では歌手が主導権を握り、オーケストラが大きい音を出している時にも、歌手の声を容易に聞き分けることができるのである。また、音声振動数の低い部分音は、全ての方向に概ね等しく分散し、放射はほとんど全方向性であるが、高い部分音は歌手の後方や側方よりも前方に向かって放射される。歌手が聴衆に向かって正面で向かいあっている限り、この振動数領域にある部分音は、より聴衆に向かって直接放射される(引用:同書より;原著:F.Winckel:Folia Phoniat. 5. 232 (1953);およびA.H. Marshall and J. Meyer: Acustica 58, 130 (1985).)。

 

上記はスンドベリの訳書からのおおまかな引用であり、「部分音」とは私が今まで述べてきた倍音を意味する。図3、5、6のスペクトルは楽器や歌手から発せられた基音ではなく全体的な音のスペクトルであり、倍音を含んだ音全体である。図5で見たミュートを装着したコルネットの音がこれだけ大きく変わるのは音源であるマウスピースに接している唇から出る音そのものでなく、さまざまな形状のミュートによる共鳴で増幅や減衰された倍音による変化である。声の場合も歌手は声帯で作られた音をもとにして、すぐれた共鳴音を作ることにより、図6のようなスペクトルを与える声を出しているのである。

スンドベリは、“教師は直接的な言葉を用いず、例えば音を「前に出せ」、「鼻内で鳴らせ」、「鋼」を音の中に保て、音を「覆われたように」などの言葉で指導する”と述べているが、それがこのような歌手の音のスペクトルを出すように歌うのを意味するのだということで、先生方の言葉をなんとなく納得できる。先に述べたように話す言葉や、軍歌や寮歌を歌う声でいくら大声を出してもそれは図6の「通常発話」のスペクトルのまま音を強くするだけで、この歌手のスペクトルを持つ声で楽曲を歌うこととは別のことなのだ。

 

 

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13.映画音楽特集(2)映画音楽とフレンチポップスを歌う 2011年8月20日

来年の定期演奏会へ向けて第1ステージで歌う歌の練習が精力的に行われている。11で紹介した「慕情」、「雨に唄えば」、「ムーンリバー」に引き続き、フレンチポップスの「オーシャンゼリゼ」の練習が始まった。もう一つ有名な映画「シェルブールの雨傘」の歌も加わるらしい。そこで、前回に引き続きYouTubeの画像があるものを紹介しよう。

 

「シェルブールの雨傘」 原題:Les Parapluies de Cherbourg

作詞:ジャック・ドゥミ(Jacques Demy)、作曲:ミシェル・ルグラン(Michel Legrand)

 

1964年に作られたフランスのほろ苦い恋物語のミュージカル映画の主題歌で、欧米や日本の多くの歌手によってもカバーされている。

 

監督:

ジャック・ドゥミ/Jacques Demy

撮影:

ジャン・ラビエ/Jean Rabier

製作:

マグ・ボダール/Mag Bodard

音楽:

ミシェル・ルグラン/Michel Legrand

脚本:

ジャック・ドゥミ/Jacques Demy

 

 

 

一般的なミュージカル映画では語りと歌とが分かれているが、この映画では全ての台詞にメロディーがつけられ、会話がレシタティーヴォとなっている。そのため、映画中の演技は俳優が行っているが、台詞は歌手による吹き替えである。以下の動画に登場する人物の演技俳優と歌手は次の通りである。ゆっくりと歌われるフランス語はわかりやすく、ちょっとフランス語をかじった者にはかなり理解できる。

 

登場人物

演技

ジュヌヴィエーヴ・エムリ
Geneviève Emery

カトリーヌ・ドヌーヴ
Catherine Deneuve

ダニエル・リカーリ
Danielle Licari

ギィ・フーシェ
Guy Foucher

ニーノ・カステルヌオーヴォ
Nino Castelnuovo

ジョゼ・バルテル
José Bartel

マドレーヌ
Madeleine

エレン・ファルナー
Ellen Farner

クローディヌ・ムニエル
Claudine Meunier

 

1957年11月。場所はフランス、ノルマンディーの海辺の町シェルブール。「シェルブールの雨傘」という名の傘屋を営む母親を手伝う娘のジェヌヴィエーヴは20歳の自動車整備工ギィと恋仲であった。彼は病身の伯母とともに暮らしており、介護士のマドレーヌが伯母の面倒を見ている。17才のジェヌヴィエーヴは彼とのデートを楽しみ、二人は「子どもが生まれたら、フランソワーズという名前にしましょう」、「ガソリンスタンドをやろう」などと将来を夢見る。

若すぎると母に交際を反対されたことをギィに伝えに行くと、彼はその日の朝、兵役の召集令状を受け取ったことを告げる。その当時、フランスはアルジェリア戦争の最中であった。以下の動画では切々とした二人の会話(主題歌)が続き、二人は彼の部屋でその夜を過ごす。出発の日、駅での別れのシーン、再び二人のデュエット。

 

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彼女は妊娠し、ギィは手紙で「男の子でフランソワもいい考えだ」と書いてよこしたが、手紙は途絶えがちになり、ジュヌヴィエーヴはギイを待ち続けながら悩む。一方、パリの宝石商ローラン・カサールが彼女を見初め、結婚をして、子どもは自分たちの子どもとして育てようと求婚する。母親のすすめも断れず、ジュヌヴィエーヴはカサ−ルと結婚し、母親と共にパリに赴く。1959年3月、戦争で膝を負傷したギィは職場に戻るが、けんかをして辞め、ジュヌヴィエーヴが結婚したことを知り荒む。家を飛び出し一晩戻らない間に、伯母が亡くなったことをマドレーヌから知らされる。葬儀後、出ていこうとするマドレーヌを引き留め、伯母の遺産でガソリンスタンドを買い取り、マドレーヌと結婚する。

4年半後の1963年12月クリスマスの夜、ガソリンスタンド事務所のツリーの飾り付けを終えたマドレーヌは子どもを連れて買い物に出かける。1台の車が給油に来て、近づいたギィは車中のジェヌヴィエーヴに気付く。二人は事務所でぽつんぽつんと言葉を交わし、車は出て行く。

ジェヌヴィエーヴの娘の名はフランソワーズ、ギィの息子の名はフランソワである。

 

 

オー・シャンゼリゼ 原題:Les Champs-Elysées

作詞:マイク・ウィルシュ(Mike Wilsh)、フランス語詞:ピエール・ドゥラノエ(Pierre Delanoë)、
作曲:マイク・ディーガン(Mike Deighan)、編曲:ジョー・ダッサン (Joe Dassin) によるフレンチ・ポップス

 

有名なシャンソンとして知られているが、原曲はなんとイギリスのジェイソン・クレスト(Jason Crest)というサイケデリック・バンドが歌っているロックで、原名は「ウォータールー・ロード(Waterloo Road)」だった。サイケの曲のレコードが全然売れないので、プロデューサーがソフト路線に変更させ、マイク・ウィルシュ(Mike Wilsh)とマイク・ディーガン(Mike Deighan)に作らせて4枚目のシングルとして出したのがこの曲だ。

たまたまロンドンに来ていたフランスのシャンソン歌手ジョー・ダッサン(Joe Dassin)がこの歌を聞き、売れっ子の作詞家ピエール・ドゥラノエ(Pierre Delanoë)がロンドンの「ウォータールー通り」をパリの「シャンゼリゼ通り」に代えて作ったフランス語の詞で、フレンチ・ポップスにアレンジして出したところヒットした。

日本ではダニエル・ビダル(Danièle Vidal)がカバーした歌がヒットし、安井かずみの日本語訳詞でも歌っている。

 

なお、日本語の題名「オー・シャンゼリゼ」の原題は「Les Champs-Élysées」(「L’avenue des Champs-Élysées(シャンゼリゼ通り)」の略称)で、歌詞中の「Aux Champs-Elysées(オ・シャンゼリゼ)」は英語の「on the Champs-Elysées あるいは at the Champs-Elysées」にあたり、日本語にすれば「シャンゼリゼ通りで」であり、オーは感嘆詞のOh!ではない.。しかし、日本ではほとんど感嘆詞扱いにされている。ちなみに英語版では「On the Champs-Elysees」、ドイツ語版では「Auf der Champs-Elysées」となっている。

 

ダニエル・ビダルのフランス語版

Je me baladais sur l'avenue
Le coeur ouvert à l'inconnu
J'avais envie de dire
Bonjour à n'importe qui
N'importe qui ce fut toi
Je t'ai dis n'importe quoi
Il suffisait de te parler
pour t'apprivoiser

Aux Champs-Elysées
Aux Champs-Elysées
Au soleil, sous la pluie
A midi ou à minuit
Il y a tout ce que vous voulez
Aux Champs-Elysées

Tu m'as dit j'ai rendez-vous
Dans un soussol avec des fous
Qui vivent la quitare à la main
Du soir au matin
Alors je t'ai accompagne
On a chanté on a dansé
et l'on a même pas penser
à s'embrasser

Hier soir deux inconnus
Et ce matin sur l'avenue
Deux amoureaux tout etourdis pas
la longue nuit
Et de l'Etoile à la Concorde
A l'orchestre à mille cordes
Tous les oiseaux du point du jour
chantent l'amour

 

ダニエル・ビダルの日本語版

 

ジョー・ダッサンの舞台版

 

ジェイソン・クレストは1964年ロンドン南部のケント州トンブリッジ(Tonbridge)で結成された5人組のバンドで1967年から1969に活躍した。

ジェイソン・クレスト「ウォータールー・ロード」

 

今年の猛暑にもめげず、毎週、「R60の合唱団」の面々は練習に励んでいる。

今年4月の定期演奏会の募金総額は1,142,747円で、「あしなが育英会」へ1,092,747円を、
「横浜YMCA対人地雷をなくす会」へ50,000円贈呈した
が、
来年の演奏会ではもっと集まるよう今から練習に精を出そう。

 

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14.映画音楽特集(3)第24回定期演奏会の第1ステージは映画音楽特集 201\2年3月15日

4月の定期演奏会がすぐそこにやってきたので、練習にも熱が入る。第1ステージで歌う映画音楽特集のうち、未だ紹介していなかった曲の中でYouTubeの画像があるものを紹介しよう。

 

「愛のテーマ」 原題:Love Theme

映画『ゴッドファーザー(The Godfather)』(1972年)の主題曲。
作曲:ニーノ・ロータ(Nino Rota)。

 

フランシス・フォード・コッポラの監督により1972年に公開されたアメリカ映画の主題曲。映画の原作はマリオ・プーゾの小説『ゴッドファーザー』。

映画「ゴッドファーザー」はアメリカのマフィアを描いたものと言われるが、描かれているのはシチリアの寒村からアメリカに移住したヴィトー・コルレオーネVito Corleone(マーロン・ブランドMarlon Brando)が家族を守り、友達を信じて生きて行く家族愛であり、それを表しているのがこの主題曲である。ゴッドファーザーとはカトリックでの洗礼時の代父(名付け親)という意味である。イタリア人移民社会では庇護を求める多くの人の代父として後見人的な存在となっている。ヴィトー・コルレオーネはゴッドファーザーとして、この社会での組織の首領(ドン)である。

ヴィトーの屋敷での末娘コニーConnie (タリア・シャイアTalia Shire)の結婚式から映画は始まる。彼の長男ソニーSonny (ジェームズ・カーンJames Caan)、次男フレドFredo (ジョン・カザールJohn Cazale)は組織の幹部で、養子の弁護士トム・ヘイゲンTom Hagen(ロバート・デュバルRobert Duvall)は組織のコンシリオーリ(相談役)をしているが、三男マイケルMichael (アル・パチーノAl Pacino)は一族の仕事には加わらず正業につくことを望み、従軍し、英雄として復員し、恋人と共に宴席に出ていた。彼の心は一族の誇りとマフィア稼業への嫌悪感のはざまにいたが、麻薬取引にからんで父ヴィトーが狙撃されると家に駈けつける。彼は敵対する相手を殺した後、シチリアに隠れる。一方ソニーは敵の罠に落ち殺される。その後ヴィトーは傷が癒え、敵と和解しマイケルを呼び戻す。2年後、アメリカに帰ったマイケルは、ドンのあとを継ぎ、ボスとなった。 

主題曲「愛のテーマ」は素敵な曲なので多くの歌手によってカバーされている。最初に歌ったのはアンディ・ウィリアムス(Andy Williams)でタイトルは「Speak Softly Love」である。

 

埋め込み不可のため以下の写真をクリックするとYoutubeサイトにリンクする
映画画像のスライドショーの背景にサウンドトラックの愛のテーマが流れる
(動画が開始
しない場合は画面下左の開始ボタンをクリックする)

 

アンディ・ウィリアムスの歌に乗せて映画のシーン(多くが撃ちあい)が映し出される

 

監督:

フランシス・フォード・コッポラ / Francis Ford Coppola

撮影:

ゴードン・ウィリス / Gordon Willis

製作:

アルバート・S・ラディ / Albert S. Ruddy

音楽:

ニーノ・ロータ / Nino Rota

原作:

マリオ・プーゾ / Mario Puzo

脚色:

マリオ・プーゾ / Mario Puzo
フランシス・フォード・コッポラ / Francis Ford Coppola

 

「踊り明かそう」 原題:I Could Have Danced All Night

映画『マイフェアレディ(My Fair Lady)』(1964年)の主題歌。
作詞:アラン・ジェイ・ラーナー(Alan Jay Lerner)、作曲:フレデリック・ロウ(Frederick Loewe)。

 

キプロス王ピグマリオン(ピュグマリオンPygmalion)が自ら彫刻した理想の女性ガラテアの象牙像に恋をし、アフロディテに願って像に魂を入れてもらい結婚するというギリシャ神話をもとにして、バーナード・ショウがピグマリオンを音声学の教授、ガラテアを下町娘に変えた戯曲「ピグマリオン」を書いた。これが1956年に「マイフェアレディ」としてミュージカル化され、さらに1964年に映画化された。

方言を研究する音声学者ヘンリー・ヒギンズ教授はイギリス下町コックニー訛りの強い花売り娘イライザを完璧なレディに変身させる賭をしてしまう。教授の徹底的な指導によりイライザは立派なレディに生まれ変わり、教授は徐々に彼女のことが忘れられなくなってしまう。

教授の猛特訓にイライザは涙を流すが、やっときれいな発言ができるようになり、うれしさに教授と即興的に踊ったあと一晩中踊り明かしたいと歌うのが「踊り明かそう I Could Have Danced All Night」である。

配役は音声学者ヘンリー・ヒギンズ(Henry Higgins)教授:レックス・ハリソン(Rex Harrison)、花売り娘イライザ・ドゥーリトル(Eliza Doolittle):オードリー・ヘプバーン(Audrey Hepburn)

なお、映画でのオードリー・ヘップバーンの歌はマーニ・ニクソン(Marni Nixon)による吹き替えである。本人によってレコーディングされたものもあり、以下の動画を参照されたい。  

 

 

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サウンドトラック版で歌はマーニ・ニクソンによる吹き替えである

以下の動画はオードリー・ヘップバーン自身の歌によるバージョンである

監督:

ジョージ・キューカー / George Cukor

撮影:

ハリー・ストラドリング / Harry Stradling Sr.

製作:

ジャック・L・ワーナー / Jack L. Warner

音楽:

フレデリック・ロウ (作曲) / Frederick Loewe
アンドレ・プレヴィン(音楽監督・総指揮) / André Previn

原作:

ジョージ・バーナード・ショウ / George Bernard Shaw

脚本:

アラン・ジェイ・ラーナー / Alan Jay Lerner

 

「タラのテーマ」 原題:Tara's Theme

映画『風と共に去りぬ』 Gone With The Wind (1939年)の主題曲。

作曲:マックス・スタイナー(Max Steiner)。

 

原作は南北戦争開戦当時のジョージア州アトランタに近いところとして設定されたタラの大農場主オハラ家の長女スカーレットScarlett O'Hara(ヴィヴィアン・リーVivien Leigh)をヒロインとしたマーガレット・ミッチェルの小説『風と共に去りぬ』。

映画のオープニングでタイトルがこの主題曲「タラのテーマ」が流れる中に現れる。 スカーレットは幼なじみのアシュレー・ウィルクスAshley Wilkes(レスリー・ハワードLeslie Howard)との結婚を願っていたが、宴会で彼に断られる。スカーレットはそこで、チャールズトン生まれの船長で素行の評判の良くないレット・バトラーRhett Butler(クラーク・ゲイブルClark Gable)に会う。アシュレーは従妹のメラニー・ハミルトンMelanie Hamilton(オロヴィア・デ・ハヴィランドOlivia Dh Havilland)と結婚し、スカーレットはメラニーの兄チャールズCharles Hamilton(Rand Brooks)と結婚するが、彼は南北戦争で亡くなる。

後に、スカーレットはレットと結婚し娘ボニーBonnie Blue Butlerを生むが、アシュレーへの想いが断ち切れず、結婚生活はうまくゆかない。その後ボニーも死にレットも去る。スカーレットはこのとき初めてレットを愛していたとわかるが、一番愛しているのはやはりタラの土地であったと気づく、「そうだ、タラに帰ろう。タラに帰ってすべてを考え直そう。明日は明日の風が吹く(明日という日があるのだからAfter all, tomorrow is another day.)」。このシーンを盛り上げるのが「タラのテーマ」である。  

 

サウンドトラックの音楽にのった映画シーンのスライドショウ

 

以下の動画は予告編の画像である

 

監督:

ヴィクター・フレミング / Victor Fleming

撮影:

アーネスト・ホーラー / Ernest Haller
レイ・レナハン / Ray Rennahan

製作:

デヴィッド・O・セルズニック / David O. Selznick

音楽:

マックス・スタイナー / Max Steiner

原作:

マーガレット・ミッチェル / Margaret Mitchell

脚本:

シドニー・ハワード / Sidney Howard

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<次回をお楽しみに>